手嶋龍一

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ウルトラ・ダラー

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ウルトラ・ダラー

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この作品は、世界のさまざまな街を旅しながら書き続けてきた長編のドキュメント・ノベルです。訪れた都市は、パリ、モスクワ、キエフ、ローザンヌ、ブラッセル、ロンドン、オクスフォード、ダブリン、ワシントン、ダルトン、香港、マカオ。日本は、函館、津軽、東京の下町、三ノ輪。京都では紅葉に包まれた沢の池をスケッチした日誌が手元に残っています。読者の皆さんもトレンチ・コートの襟をたてた英国秘密情報部員となったつもりで、裏街の石畳を行く気分を味わっていただきたく思います。

北の凍土が生み出すウルトラ・ダラーを追う狩人は、この旅の途上でラビリンス・迷路に入り込んでしまうこともしばしばでした。こうした旅路の果てにようやく『ウルトラ・ダラー』をお届けできることを嬉しく思います。

この作品の第二章「テロルの通貨」には謎の男が登場します。モスクワとダブリンを密かに行き来する偽百ドル札の運び人です。モデルとなったのは、IRA武闘派の陰の領袖として知られるジョン・ガーランド。先日、ベルファスト市内のホテルで逮捕されました。アメリカのシークレット・サービスの要請を受けて、北アイルランドの公安当局が身柄を押さえたのです。私が筆を擱いてしばし翼を休めようと思っていたさなかに飛び込んできたニュースでした。『ウルトラ・ダラー』の登場人物たちからは、ことほどさように眼が離せません。ちなみにガーランドは病気だと言い立てて保釈されたのですが、国境を越えてアイルランド共和国に姿をくらましてしまいました。国際テロ組織の手引きで、アメリカとの間に犯罪人引渡し条約がないアイルランドを潜入先に選んだのでしょう。

作品の主人公、スティーブン・ブラッドレー (Stephen Bradley) は、BBCの東京特派員です。へーゼル色の瞳をもち、篠笛を奏でる、この魅力溢れる英国人ジャーナリストとともに、読者の皆さんも国際政治の深層海流に分け入り、スリリングな体験を存分に味わってください。

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『ウルトラ・ダラー』解説

2007年11月 波「インテリジェンスをめぐる迷宮」

紺の防寒服を着た男が黒龍江のほとりに佇み、青黒い川面の彼方に広がる街の灯にじっと見入っていた。大型のサーチライトが対岸の国境警備隊を数分ごとに照らし出す。中国の公安当局は、中ソ国境の要衝ブラゴベシチェンスクに情報網を張り巡らしていた。防寒服の男はそれを統御するスパイ・マスターだった。瞬時でも判断を誤れば彼の地の情報網を壊滅させてしまう――。彼の面差しに浮かんだ暗い険は、忘れえぬ残影としてわが胸底に沈殿した。

『ウルトラ・ダラー』を書き進めるうち、あの中ソ国境の光景が脳裏をよぎって筆先が凍りつくことがあった。この物語が深く依拠している情報源を危地に近づけてはいないか――。防寒服の男が抱いた同じ恐れに囚われる日々だった。

戦後の日本が生んだ稀有なインテリジェンス・オフィサー、佐藤ラスプーチン氏は、月刊「文藝春秋」の書評に『ウルトラ・ダラー』を取りあげ、「冷戦後、日本人によって書かれた初の本格的なインテリジェンス小説だ」と喝破した。この作品がなぜ小説の形をとったのか。それを「情報源を秘匿するために、『本当のような嘘』と『嘘のような本当』を適宜ブレンドする必要があったのだ」と見立てている。だが、著者の立場からはそれでもなお安心できなかった。インテリジェンスが内に秘める業の深さを知っていたからだ。

インテリジェンスとは、膨大な一般情報の海から、国家の舵取りに欠かせない情報を選り抜いて分析を重ね、未知の事態を予測する技なである。それゆえインテリジェンス小説は、現実の出来事をなぞるのではなく、近未来の領域に踏み込んで迫りくる危機を描いてみせなければならない。確かに『ウルトラ・ダラー』を書いていた時点では何事も起きてはいなかった。世界最小にして最強の捜査機関、アメリカのシークレット・サービスが、偽札を密かに流通させていたマカオの黒い銀行に捜査のメスを入れたのは物語の完成後だった。ゲラで事実関係をチェックしてくれた金融関係者は「ニューヨーク・タイムスが報じる北朝鮮の偽札絡みの事件に接していると、日々のニュースがこの物語を追いかけているという気がする。まるで偽札世界のイザヤ書だ」と溜息を漏らすのを聞いて、ひそかな手応えを感じた。

『ウルトラ・ダラー』をめぐっては、出版直後から数奇な出来事が次々に持ちあがった。拉致や密輸の舞台となった新潟、横浜、小樽の書店からは瞬時にして本が消えてしまった。そして極めつけは、ディスインフォーメーションという名の情報戦が『ウルトラ・ダラー』仕掛けられたことだろう。この作品に書かれた「嘘のような真実」は、じつは「事実に見せかけた虚構」にすぎない――こうした情報がまことしやかに諜報世界に流布されたのだ。情報の震源地は、伝説の二重スパイ、ゾルゲもかつて特派員をつとめた「フランクフルター・アルゲマイネ」紙だった。平壌製のドル紙幣は、CIAが自ら偽造した疑いが濃いと報じたのである。北朝鮮が基軸通貨ドルに挑んだ「通貨のテロリズム」は、アメリカの諜報当局による自作自演だったと言いたいらしい。

いかに「インテリジェンス小説」をめぐる出来事とはいえ、本欄の読者はラビリンスに誘いこまれて、虚実のいずれに身を置いているのか戸惑ってしまうだろう。ノンフィクション・ノベルを綴ることは、現実世界に素材を採って、リアルに徹することだと説明される。だがインテリジェンス・ワールドを対象に選べば、「嘘のような真実」が随所に入り込んで、合理的な読み手の裏を次々にかいてくる。『ウルトラ・ダラー』に登場するスパイ学校の壁がピンク色に塗られているのも、日本語教材にユーミンの詞が使われているのも、じつは全てが事実なのである。インテリジェンス小説とは、現実よりよほどリアルな奇に満ち溢れている。それゆえ現実世界の核心を衝くこうした物語の器が必要だったとしか言いようがない。

主人公の英国秘密情報部員スティーブンは、物語の終わりに杳として姿をくらましてしまったが、新潮文庫の出版を機に日本海側の街で姿を見かけたという情報がある。やがて現実世界に舞い戻ってくるかもしれない。おかえりなさい、スティーブン。

「波」(新潮社) 2007年11月号掲載

『ウルトラ・ダラー』誕生の秘話

『ウルトラ・ダラー』を執筆するきっかけとなったのは、あの「ドイツの小さな町」ボンでの出来事でした。九年ほど前のことです。当時、わたくしはNHKのボン支局長をしていたのですが、ある日、自宅に分厚い郵便物が日本から送られてきました。幾重にも梱包された封筒には「厳秘」という赤い印が押されていました。後に『宿命―「よど」号亡命者たちの秘密工作―』として新潮社から出版された原稿のゲラでした。著者の高沢皓司さんは、ある種のインサイダーであったのですが、ハイジャック犯が関わった拉致事件の全貌を初めて白日のもとに明らかにし、公安当局を震撼させたのでした。それだけに出版社の側も出版ぎりぎりまで機密を守り抜こうと懸命でした。その一方で、新刊を紹介する月刊誌『波』用に書評原稿はだれかに依頼しなければならず、結局、私が引き受けることになりました。それはのちに『公安が震えた「よど号」の深層工作』として掲載されました。

私は一読して、そこに書かれている事実に深い衝撃を受けました。北朝鮮の工作当局は、「よど」号のハイジャック犯たちに日本女性との極秘結婚をすすめ、ついで夫妻をヨーロッパに派遣して日本人旅行者の拉致を企てたのでした。ザグレブ、コペンハーゲン、ウィーンそしてマドリッドが舞台となりました。日本の公安当局もまったくつかんでいなかった驚愕の事件でした。

『宿命』の最初の読者だった私は、ジャーナリストとしての自らの至らなさに深く恥じ入らなければなりませんでした。事件の存在を予感させる材料は私の周囲に数多くあったからです。横須賀の情報拠点だったスナック「夢見波」、米海軍情報部がつかんでいた不審船情報、コペンハーゲンから消えた日本人旅行者。いくつかの断片を結びつけて全体像を構想する思考の跳躍力があれば、事件の深い闇に遡及することが出来たものを―。いつの日か、リターン・マッチをと自らに言い聞かせたのでした。

東京の下町から突如姿を消した若い印刷工―。名門製紙会社から運び出された紙幣の原料―。消えた紙幣印刷用の凹版印刷機械―。失踪したハイテク印刷会社の経営者―。ジグソー・パズルのピースをひとつひとつ嵌めこんでみると、奇怪な全体像が姿を現しました。

そこには、凍土の独裁国家の黒々とした意匠が影を落としていました。にもかかわらず、日本の公安当局は積極的に動こうとはしませんでした。ひとたび国境を越えてしまった事件には容易に捜査の手を伸ばすことができずにいたのです。海外の情報機関と緊密に連携をとりながら、国民の生命・安全にかかわるインテリジェンスに迫っていく情報センスを著しく欠いていたのです。そして、なにより事件の点景から全体像を紡ぎだす構想力をすっかり萎えさせていました。事件の深い闇に挑むには日常的な思考の引力から脱する跳躍力を必要とするのですが、そんな筋力は安逸に流れた戦後社会からはすっかり姿をひそめていました。

これに代わって、この事件のフロントに姿を現したのは、アメリカ財務省の地下に本拠を置く極小の捜査機関「シークレット・サービス」でした。そしてその同盟者は「ブリティッシュ・エキセントリック」と断じられていたBBCの東京特派員だったのです。

書評

月刊「世相」 2006年7月
豊富な情報を駆使して描かれた『ウルトラ・ダラー』の世界(PDFファイル:5.55MB)
文芸春秋 2006年4月
一枚のニセ札発見から始まる国際情報戦争(PDFファイル:823KB)
産経新聞 2006年3月
国際報道の視線が結実(PDFファイル:999KB)
毎日新聞
「'06 流行語な人たち」に『ウルトラ・ダラー』
「サンデー毎日」「中央公論」
『ウルトラ・ダラー』が 「サンデー毎日」「中央公論」の 書評欄担当者が選ぶ書籍ベスト5のトップに
GOETHE(ゲーテ)6月号掲載特集記事
『真の”インテリジェンス”を制する者が世界を制す!』(PDFファイル:8.01MB)
産経新聞連載記事
(対談形式 平成18年5月1日~7日)
「ウルトラ・ダラーを追え!」
vol.1 中枢に食い込む難しさ
産経新聞連載記事
(対談形式 平成18年5月1日~7日)
「ウルトラ・ダラーを追え!」
vol.2 政界のフィクサーとの出会い
産経新聞連載記事
(対談形式 平成18年5月1日~7日)
「ウルトラ・ダラーを追え!」
vol.3 周恩来と思いがけぬ会見
産経新聞連載記事
(対談形式 平成18年5月1日~7日)
「ウルトラ・ダラーを追え!」
vol.4 スパイ小説読み、NHKへ
産経新聞連載記事
(対談形式 平成18年5月1日~7日)
「ウルトラ・ダラーを追え!」
vol.5 情報の「真贋」見極め日米に差
産経新聞連載記事
(対談形式 平成18年5月1日~7日)
「ウルトラ・ダラーを追え!」
vol.6 不十分だったイラク戦報道
産経新聞連載記事
「ウルトラ・ダラーを追え!」
vol.7 完璧な日本語 特派員に不可欠
佐藤 優氏との対談
月刊「現代」5月号掲載
私が見た「情報戦」の最前線と舞台裏
佐藤 優(起訴休職外務事務官)
「文藝春秋」5月号掲載
二十一世紀の世界を舞台にした本格的諜報小説の誕生
文春図書館
(週刊文春3月23日号掲載)
著者は語る
橋本 五郎 (読売新聞編集委員)
情報戦争の実態描く
望月 迪洋(新潟日報社編集委員)
偽ドル札の背後に拉致
田勢 康弘
(日経経済新聞社コラムニスト)
嘘か事実か?絵空事ではないリアルなスパイ小説
児玉 清(月刊「波」2006年3月号掲載)
ニュースの裏にある底知れぬ闇
月刊FACTA見本誌掲載(対談形式)
彫琢し抜いた情報こそが本質となる
C.S.(アメリカ財務省関係者)
凍河の底の「呑舟の魚」

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