産経新聞連載記事 「ウルトラ・ダラーを追え!」
(対談形式 平成18年5月6日)
vol.6 不十分だったイラク戦報
二〇〇一年九月十一日、NHKのワシントン支局長時代におきた米中枢同時テロの「取材現場」についてお聞きしたいのですが。
手嶋 出勤途中にラジオで一報を聞いたのですが、一機目がニューヨークの世界貿易センター(WTC)に激突したと報じられたときには「事故じゃないかな」と考えていました。しかし、二機目が再びWTCに、そしてワシントンのペンタゴン ( 国防総省 ) にも航空機が突入した。国際組織による同時テロ。ぼくらの想像をはるかに超えるような重人事が起こっている、と悟りました。
そして十一日間連続、二十四時間体制の報道が始まった。
手嶋 いま起こっていることは、世界の歴史の中でどういう意味があるのかを読み解きたいと思いましたが、そういったジャーナリストの“本能”に懸命に手綱をかけました。刻々と進行する事態を伝えることに集中すべきだと考えたからです。
同時テロのときもそうでしたが、落ち着いた語り口が印象に残っています。
手嶋 比較的、厳しいことを言ったり、コメントしたりするときには、ロー・キーと言いますか、穏やかに話すようにしています。その方が相手によく伝わるのですね。体験から言えば、興奮したり、正義感をふりかざしてみたりしたときには、誤解を生んだり、間違っていたりする場合の方が多い。視聴者の方々は賢明で、鋭い直感をお持ちです。同時テロの報道のさい、もし、印象に残る報道ができたとすれば、それは知らないこと、想像したことはお伝えしない、分からないことは「分からない」と言い続けたことが理由なのではないでしょうか。
《この同時テロ事件で、手嶋さんは二十数年ぶりに再会する約束をしていた友人を失った。富士銀行 ( 当時 ) ニューヨーク支店長、石川泰造さん。この旧友が「行方不明」と知らされたとき、手嶋さんは、本番中に三秒あまり、絶旬した。生放送では「沈黙は厳禁」である。本来なら起こるはずのない「放送中の事故」(手嶋さん)だった》
同時テロの後、米国はアフガニスタンとイラクに対して武力を行使しました。
手嶋 十五年間にわたってホワイトハウスやペンタゴンとつきあってきましたが、イラク戦について、米国は判断を誤ったと思います。米国が武力を行使すれば、必ず反動が起こり、東アジアを含めた世界の安全保障に悪い影響が出る。それゆえ慎重にも慎重を期さねばならなかった。ただ、メディアは情報を独占していた当局に踊らされ、イラク戦ではチェック役として十分ではなかったのではないか―。そうした批判は真摯に受け止めたいと思います。
聞き手 関厚夫