産経新聞連載記事 「ウルトラ・ダラーを追え!」
(対談形式 平成18年5月1日)
vol.1 中枢に食い込む難しさ
日本語を自在に操る美男秘密諜報員で、英BBC東京特派員のスティーブン・ブラッドレーが、北朝鮮の偽ドル紙幣を追う長編小説『ウルトラ・ダラー』。すでに二十万部を超すベストセラーだそうですね。
手嶋 おかげさまで。今度の本は六割以上が女性の読者だと聞いています。その理由は活躍する登場人物はみな女性だからではないでしょうか。意識してそう描いたわけではないのですが…。
過去の著作は、ワシントンなどでの取材をもとに書き上げたノンフィクションばかりです。なぜ、独立後の最初の作品が小説というフィクションなのですか?
手嶋 それは作者としては非常にお答えしにくい質問です。ただ、外務省元主任分析官の佐藤優さんがこんな書評を寄せていました。「この作品はフィクションでなければならなかった理由がある。すなわち、情報源を秘匿して本質に食い込むにはこの形式以外にはなかったはずだ」と。
つまり、小説の名前を借りたノンフィクション?
手嶋 そういう要素はあると思いますね。佐藤さんの書評はさまざまな点で「さすが」と思います。でも、私としてはこんな“希代の読み手”はできれば病気か何かになって、書評の世界からは遠ざかっていただきたい(笑)。
私も”謎解き”を一つ。十三年前の著書『一九九一年日本の敗北』巻末の取材者リスト中に『ウルトラ・ダラー』の主人公と同姓同名の英外交官の名がありますね。
手嶋 よくお調べだ。でも、主人公の名前はぼくが名付け親である英国人の子供たちに決めてもらったのですよ。いくつかの姓と名を書いた力ードをみせて「最も英国人スパイらしい名前を選んでくれ」ってね。
主人公と同姓同名の「日本人ですら忘れてしまったようなきれいな日本語を使うジェントルマン」を手嶋さんから紹介された、という書評もありましたが(笑)。
手嶋 いやはや(苦笑)、もちろんモデルはいます。ぼくは彼の"日本語練習帳"を見たことがあるのですが、「壼」といった難しい漢字が何十回もていねいにつづられていた。おそらく、それは語学の勉強というよりも、日本人の心の奥を知ろうとする試みなのです。日本という国の中枢部に外国人が食い込む難しさを知り抜いていながら、諜報員を派遣する英国の決意の固さがにじみでているようで感激しましたですね。
聞き手 関厚夫