
手嶋龍一オフィシャルサイト HOME

「存立危機事態」発言の本質とは
台湾有事は「存立危機事態」になりうる――高市総理の国会答弁の波紋は未だに収まらない。「習近平の中国」は、「一つの中国」を認めたはずの「日中共同声明」に反すると強硬な姿勢を崩さず、「トランプのアメリカ」も日米電話協議を通じて鎮静化を求めるなど、高市発言は国際政局に嵐を呼び起こしている。
国際社会から日本に険しい眼が向けられているにもかかわらず、高市内閣の支持率は、毎日新聞の世論調査で65%と高止まりしたままだ。「存立危機事態」発言も、「問題があったとは思わない」と答えた人が50%と、「問題があった」と答えた人の25%を大きく上回っている。高市発言を支持する人は、若い世代ほど高くなっているのも、政権への支持率と同じ傾向といえる。
[続きを読む...]
衆議院予算委員会での高市答弁は、台湾問題の錯綜した歴史的背景への理解を欠いており、それゆえ「今後は慎む」と釈明せざるを得なかった。にもかかわらず、国内世論の支持が高いのは何故だろうか。軍事力を背景に海洋に進出する「習近平の中国」に対する日本国民の不安に率直に訴えたものだからだろう。一連のコラムにも書いたが、「存立危機事態」は、起案した条約官僚たちが暗黙の前提としたのが主として台湾有事だった。それゆえ、東アジアでは台湾海峡こそ触れれば火を噴きかねない一帯なのである。
20世紀の外交世界が産んだ最高のプレーヤーたるヘンリー・キッシンジャーと周恩来は、米中和解の際に取り交わした「上海コミュニケ」で、交わるはずのない平行線だった双方の主張を交わったと表現したのが「ひとつの中国」だった。その上に築き上げたのが、台湾問題に武力介入するかどうかを明言しない「曖昧戦略」だった。その歴史的経緯について、キッシンジャー、周恩来、李登輝、スコット・キャンベルといった当事者の全てに直に取材したジャーナリストの責務として、台湾問題の複雑さを一連の論考で書き記した。
「曖昧戦略」のゆえに、武力介入に決して言及してはいけないと指摘しているのではない。台湾海峡を巡る「曖昧戦略」が崩れ始めているからこそ、問題の本質への洞察を欠いた発言が危険なのである。世論も時に誤ることがある。日露のポーツマス講和条約に反対する民衆の感情が、やがて日本の針路を誤らせた歴史教訓を忘れてはならない。
手嶋龍一
(事務局より:「 スティーブンズ・クラブ」へは簡単な手続きでご入会いただけます。)



- 『公安調査庁秘録』
- 中央公論新社
- 2024/08/10発売
東アジアの深層で生起する異変をいち早く察知するべく動く情報機関、それが公安調査庁だ。中露朝が核戦力を背景に日本を窺う実態を、現職のインテリジェンス・オフィサーが初めて実名で明らかにした。ウクライナとパレスチナの戦争に超大国米国が足を絡め取られる間隙を突いて、中露朝が攻勢に転じている。日本をとりまく安全保障環境の激変に警鐘を鳴らす。