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“トランプ戦争” 迷走の果てに
イスラエル・米国両軍によるイラン斬首作戦からはや1カ月が経ちながら、イラン戦争は依然出口が見えず、全世界を混迷に陥れつつある。トランプ大統領の言動は、和戦の両極を日々揺れ動いている。陸・海・空・海兵4軍を率いる最高司令官として、戦いの目的も定かでなく、確かな戦略も持たず、巨大な軍事力の行使に踏み切った果てにあるのは、超大国の迷走でしかない。世界経済の大動脈、ホルムズ海峡とバベルマンデル海峡は巨大タンカーの航行がかなわず、世界経済に甚大なダメージを与え続けている。トランプ氏が地上作戦を下令すれば、混乱はさらに拡がるだろう。
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現下のイラン戦争は“東アジアの経済大国”を直撃している。1972年の石油ショックと比較されるが、高度成長期の日本は中東の安価な石油に深く依存していたものの、未曽有のオイル・ショックから立ち直るだけの財政力と経済力を秘めていた。現にどの国より雄々しく回復を果たし、省エネ国家へと脱皮していった。当時と較べて、原油の依存度は下がり、石油の備蓄も進んでいるが、中東の大乱への“耐性”はむしろ弱まっている。令和のニッポンの体力が衰弱しているからだろう。
イラン戦争に遭遇した高市内閣は、トランプ氏への対応に持てる力の多くを使い果たしてしまった。全盛期のアメリカならば、同盟のジュニア・パートナーとして他策はないのかもしれない。だが、剥き出しで“アメリカ・ファースト”を唱えるトランプ政権は、いま大西洋と太平洋を挟む安全保障同盟に深刻な亀裂を生じさせている。対トランプ外交と日米同盟外交は同じではない。にもかかわらず“トランプ一辺倒”では日本の国益を危うくしてしまう。
そうした危機意識が希薄なことの裏返しなのだろう。停戦に向けた日本の独自外交はなきに等しい。パキスタンが対イラン折衝のカードとして使い捨てにされる危険を知りながらも、懸命な和平工作を展開しているのと好対照だ。日本がイランと折衝パイプを持っていないなら仕方がない。だが、日本政府は、80年代にはイラン・イラク戦争の仲裁に動き、イラク戦争に際しては米国のホワイトハウスとテヘランを結んで、最高度の機密情報を受け渡す重責を担った実績がある。中東に危機が高まると、当時の安倍晋三総理は単身テヘランに乗り込んで、最高指導者ハメネイ師と膝詰めの会談に臨んでいる。いまの日本外交がどれほど衰弱しているか明らかだろ。
和平のためにニッポンには為すべき責務があり、その潜在力も秘めている———主権者たる我々がそう自覚する、それが全ての出発点なのである。在外の邦人保護や石油の確保も大切だが、日本はそれで終始するスモール・パワーの国家でなない。イギリス、ドイツ、フランス、カナダ、イタリアなどG7のミドル・パワーと連携して“トランプの戦争”をいまこそやめさせるために行動すべき時なのである。
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手嶋龍一
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東アジアの深層で生起する異変をいち早く察知するべく動く情報機関、それが公安調査庁だ。中露朝が核戦力を背景に日本を窺う実態を、現職のインテリジェンス・オフィサーが初めて実名で明らかにした。ウクライナとパレスチナの戦争に超大国米国が足を絡め取られる間隙を突いて、中露朝が攻勢に転じている。日本をとりまく安全保障環境の激変に警鐘を鳴らす。