手嶋龍一

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「英国テロ未遂と日本」

手嶋・阿部 緊急対談3

英国のテロ未遂をめぐる手嶋龍一氏との緊急対談の最終回を掲載しよう。

夏休みのピークだから、空港で立ち往生した日本人観光客がテレビカメラでとらえられていた。淡々としている。「かえって安全になる」と空港での長時間チェックインも我慢している。不便にも従順に耐える日本人らしい。

が、彼らに当事者意識は薄い。のほほんとしているが、ヒースローとアメリカを結ぶ大西洋便が厳重警戒でテロがしにくいとなったら、テロ犯はどうするか。警備の薄いところ、しかもテロの大義名分の立つところを狙うのが道理だろう。ブッシュ寄りどころか言いなりで、国会で無茶苦茶な答弁をしてイラクに派兵したものの、現地では内弁慶でひたすら安心立命に終始し、一兵も減ずることなく帰還させた不思議な国があった。

その首相はメンフィスでプレスリーの物まねをしておどけるヒョウキン族。しかも大国の割にインテリジェンスはお粗末で、テロに対するガードは薄い。あなたがアル・カイダだったらどうしますか?


著作アーカイブ阿部 英国のヒースロー空港発の旅客機を狙った今回の同時多発テロは未然に防げたとしても、アル・カイダや彼 らに共鳴するイスラム過激派が次にどこを狙うかが問題です。順当に考えれば、アメリカのイラク戦争に寄り添ってきた国で、イギリスに次ぐ親ブッシュの国が狙われるのは、いわば当然といえるかもしれません。

手嶋  事件にまではなっていませんが、アル・カイダの系譜に連なるイスラム系の過激派組織の一員が、日本海側の都市に出没しているというインテリジェンスが確認されています。日本は情報収集の制度面でも、海外に配置するエージェント(工作員)の面でも、インテリジェンス大国イギリスとは比ぶべくもありません。心ある人々は、一刻も早くできることから対策を、と考えているはずです。

阿部  イギリスの例で見てみると、インテリジェンスの参謀本部と言っていい「合同情報委員会」(JIC)の機 能が、いい参考になると思います。この委員会を構成しているのは、外務・連邦省、国防省、内務省、警察の次官級高官、それに対外情報を担当するSIS(俗 称MI6)、それとスパイやテロリストの国内浸透を阻むカウンター・インテリジェンス組織のMI5、電波傍受などを政府通信本部、国防省情報部のトップで すね。いわば政府横断組織なんですね。

著作アーカイブ手嶋  政府組織というものは、どこの国かを問わず徹底した縦割りです。しかしインテリジェンスにとって官僚の壁ほど有害なものはない。英国の合同情報委員会は省庁のナワ張りを突破して、良質のインテリジェンスを吸い上げる強力な装置となっています。そして、 JICが膨大なインテリジェンスの中から、どの情報を首相をはじめ閣僚たちに報告すべきかの評価を行うのです。

阿部  玉石混交の情報を選別できるか否かが、インテリジェンスの死命を制します。日本の内閣も英国方式を真似て合同情報会議を設けていますが、イギリスと決定的に違う点は、そこに情報を評価する頭脳、優れた評価スタッフを擁しているかいなかですね。

手嶋  まさにその通りです。JICの心臓部は、政府の参謀役をつとめる評価スタッフなのです。関係各省から選 りすぐられて派遣されているスタッフは40名にも満たないのですが、少数精鋭の典型です。彼らがおびただしいインテリジェンス報告の中から、真に価値ある ものをえりわけ、首相に直接手渡すべき評価報告の筆をとるのです。

阿部  少数精鋭であればこそ、彼らは関係省庁のあらゆるインテリジェンスへのアクセス権を持っているわけですね。

手嶋  このアクセス権がどれほど重要かは、日本の現状を見れば明らかです。日本の内閣に直属する合同情報会議のメンバーが、警察の警備・公安情報、外務省の極秘のインテリジェンスにアクセスしようとしても、そこには厚い「省益」の壁が立ちはだかります。

阿部  日本でも警察の警備・公安人脈に連なる人々が、インテリジェンス機関を持つべきだと盛んに主張しています。それはその通りなのですが、彼らも官僚OBなので「省益」の壁には総論賛成、各論反対になります。警察庁の公安情報を外務省出身のスタッフが覗けるとなったら、看過できるでしょうか。しかし壁を残したままインテリジェンス機関を新設しても、何の意味もありません。

手嶋  日本を襲うかもしれない国際テロの脅威に対抗するためには、実は新たな組織や法律の大幅な改正などそれほど必要ではありません。内閣に直属する合同情報会議に、官民から一級のスタッフを集め、彼らに政府部内のインテリジェンスへのアクセス権を保証するだけでいいのです。

阿部  皮肉なことに、そうした「省益」の壁をひとりで突破して、政府内のインテリジェンスを集めた異能の人 が、かの「外務省のラスプーチン」佐藤優氏でした。そのインテリジェンスの質は大変高かったのですが、厳然とあるアクセス権の壁を、鈴木宗男氏という政治権力を背景に乗り越えてしまった。それが官僚組織のジェラシーを招いたと言えます。

手嶋  「ラスプーチン」事件は、官僚機構の壁がいかに分厚くて高いかを象徴的に物語っています。次期総理に問われているのは、官僚機構の抵抗を押さえきってインテリジェンスを吸い上げる政治的リーダーシップをどのように発揮するかなのです。

北朝鮮のミサイル発射をめぐって、小泉官邸が水際立ったオペレーションを遂行したという情報が、ことさらに流布されています。それは、日本政府の内部に埋もれているウィークポイントを覆い隠したい、という意図の無意識の反映だとも言えるのではないでしょうか。

阿部  インテリジェンスには「成功すれば千人の父親が現れるが、失敗すればたちまち孤児になる」という格言がありますね。小泉官邸の手前ミソは、日本のインテリジェンス・コミュニティの未熟さを浮かびあがらせています。

 

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