手嶋龍一

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「英国テロ未遂と外交」

手嶋・阿部 緊急対談2

英国のテロ未遂をめぐる手嶋龍一氏との緊急対談の続きを掲載しよう。「ウルトラ・ダラー」の筆者と、「イラク建国」の筆者である小生が、90年代にロンドンで戦わしていたエスピオナージュ論の延長です。

英国のタブロイド紙には、インテリジェンス機関に人脈を持つ専門記者がいて、こういう戦果を華やかに書き立てる。一流紙は自制するが、インテリジェ ンス機関も宣伝と割り切ってタ、ブロイド紙にはあれこれ情報を流す。たとえは悪いが、日本の公安が毎年恒例のように流す北朝鮮やロシアへの禁輸品密輸摘発のリーク記事と同じだ ―― 騒ぐまでもない。公安の存在意義を誇示するための花火のようなものだ。

だが、それに目をくらまされてはならない。情報戦の勝利は、必ずしも外交を含めた安全保障戦略の勝利を意味しないからだ。今回もまた然り。テロを防いだインテリジェンスは鮮やかだが、テロの根を絶てていないからこそ、水際でかろうじて食い止めたに過ぎないとも言える。


著作アーカイブ阿部 イラクの泥沼で憂色の濃かったブッシュ政権は、今回のテロ未遂事件で息を吹き返したんですかね。「それみたことか、やはりテロの脅威は去っていない」と、対テロ戦争を正当化しようとしています。しかし、今回再びテロの脅威が表面化した事実は、対テロ戦争の実があがっていないことの証明ではないでしょうか。

手嶋  ブッシュ政権は今度のテロ組織の摘発を武器に、11月中間選挙の劣勢をはね返そうとしていますが、はたしてその思惑通りにことが進むかどうかは疑問です。ブッシュ共和党政権は9・11事件を決定的な追い風に、アフガニスタンからイラクへと先制攻撃を仕掛けていきました。しかし大義なきイラク攻撃の誤りが、今度のテロ摘発によって帳消しになるとはとうてい思えません。

阿部  今回のテロがロンドンとパキスタンを舞台としていることは、パキスタンの隣国アフガニスタンの問題が依然片付いていないことを示しています。アメリカはタリバンを放逐して新政府を樹立しまたが、そのあと直ちにネオコンの主張に従ってイラク攻撃へと矛先を向けてしまいました。

著作アーカイブ手嶋  現在のブッシュ政権の際立った特徴は、中東での対決を決定的に重視し、アジアをないがしろにしているところにあります。政権内部で知的タスク・フォースを形づくり、「ネオコン」(新保守派)と呼ばれる人々は大半がユダヤ系で、左翼から右に転向してきた「力の信奉者」たちです。このため、ネオコンはイスラエルの安全保障をアメリカの安全保障と同様に重く見る人々なのです。

世界第二の石油埋蔵量を誇るイラクの地に、安定した親米政権を打ち立てることこそ、イスラエルにとって何よりの安全保障と彼らは考えたのですが、現在のイラク情勢が物語るように、その目論見は大きくはずれ、アメリカ外交はいまベトナム戦争以来の苦しみのなかにあります。

阿部  ブッシュ政権のイラクへの転戦によって、アフガニスタンはまたも列強に見捨てられたということでしょ う? 一種の力の空白が生じているうえに、アフガン人のなかで多数派を構成するパシュトゥーン人のあいだでは、タリバンの勢力が盛り返し、最近は反政府テ ロが頻発して、駐留軍も治安に手を焼くようになっています。地下に潜伏したオサマ・ビンラディンらアル・カイダ勢力の残党も、依然、パキスタン国境地帯近辺にかくまわれていると見られ、今回のテロの策源地になったと思われます。

手嶋  アメリカは、パキスタンという「グレートゲーム」の要衝を再び失う危険があると言ってもいいのではないでしょうか。

阿部  19世紀に南下政策をとるロシア帝国と、植民地インドを守りたい大英帝国の葛藤が「グレートゲーム」ですよね。いまその大国の衝突はないとはいえ、世界有数の麻薬生産地であり、イスラム過激派の坩堝であるこの地は、グレートゲームの名づけ親である文豪キップリングが書いたように、今なお形を変えた戦争の最前線であることに変わりはない。

手嶋  私はブッシュ大統領が、対イラク攻撃を決断したときから、一貫してイラクへの力の行使はやがて猛毒となってアメリカ外交を麻痺させると言ってきました。けして現在の混迷を見て、後講釈をしているわけではありません。ネオコンに引っ張られるような形でイラ クのサダム・フセイン政権の転覆に突き進んでいったその決断が誤りだったと言えるのではないでしょうか。

阿部  イラク侵攻の過ちの第一は、脅威の優先度について判断ミスを犯したことで、脅威が切迫していたイランと北朝鮮を後回しにしたことでした。第二は脅威を根絶しないうちに次に手を広げて、いたずらに戦線を拡大したことだと思えます。

手嶋  ブッシュ大統領は「悪の枢軸」としてイラク、イラン、北朝鮮を挙げました。ブッシュ大統領の内在的な論理では、より悪いのはイラク、イラン、北朝鮮の順でした。しかし、核兵器の拡散の脅威という点では、北朝鮮、イラン、ずっと離れてイラクという順だったの です。この点でもブッシュ政権の戦略的判断が誤っていたことになります。

阿部  通信傍受や偵察衛星でカバーできないHUMINTに弱いことが裏目に出たのではないでしょうか。

手嶋  情報面でもアメリカの緊密な同盟国であるイギリスは、北朝鮮はともかく、イラクやイランでは一日の長があったはずです。キム・フィルビーの偉大な父ジャック・フィルビーの存在をあげるまでもなくね。しかし、こと対イラク戦争に至る過程では、英国にも見るべ き成果がありませんでしたね。

阿部  「グレートゲーム」の末裔たちはホゾを噛んでいたのかもしれません。91年の湾岸戦争後にイラクが経済制裁で “ 鎖国化 ” させられましたが、この時期にイラク内のインテリジェンス資産をイギリスも失っています。それが大きかったのでしょう。

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緊急対談3「英国テロ未遂と日本」へつづく»

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