「秘密情報の戦士」連ね記す
ソ連「封じ込み」戦略のジョージ・ケナンについて手ほどきしてくれたのは手嶋龍一氏だった。
「かれこそ戦略外交の重要性を何よりも知る人物だ」と語り、「さて、今の日本でそれを期待できる外交官がいるかい」と問いかけてきた。
あれから10年。当時、設置をめぐり激論が戦わされた「国家安全保障会議(日本版NSC)」が実現し、谷内正太郎元外務次官が初代の安全保障局長として指揮を執る。今にして思えば、あのとき手嶋氏は谷内氏をケナンに擬して謎かけをしたのか。
現在、青天の霹靂でトランプ米大統領が降ってわき、日本には眼前にプーチンとの日ロ首脳の山口会談が迫っている。トランプ勝利に間髪をいれずモスクワに飛んだ谷内局長の鞄の中身には何が。
こんな不確かな国際情勢の激震をまるで見越したかのように、手嶋氏は歴代のスパイたちの列伝を上梓した。物語形式でのスパイ入門書というふれこみだ。秘密情報の世界で命を的にした戦士たちを「汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師」と断じて、はく製のように並べて見せる。
第一次、二次の世界大戦で情報戦をけん引した英国秘密情報部から、多くの作家が生まれている。サマセット・モームを皮切りに、グレアム・グリーン、007のイアン・フレミング、フォーサイス。なによりもジョン・ル・カレだろう。
ル・カレの実父は逮捕歴のある名うての詐欺師だ。父の命で、幼時から大立者らが集う金融街や超高級ホテル、王立競馬場、カジノに出入りして、彼らの物腰や言辞を完全に身に着けた。その生い立ちは世紀の二重スパイ、キム・フィルビーとも重なり合うのだった。
列伝はリヒャルト・ゾルゲやプーチン、「パナマ文書」流出の法律事務所「モサック・フォンセカ」から、「ウィキリークス」のアサンジや元CIAのスノーデンら、サイバースペースで現在進行中の物語へと広がっている。
(望月迪洋・ジャーナリスト)