インテリジェンスの最強テキスト
スパイ小説を凌駕する事実 評 明石寛治 (明石合銅社長)
インテリジェンスとは何か―それは国家が動乱の世紀を生き抜くために、選りすぐられ、分析し抜かれた情報である。外交ジャーナリストの手嶋龍一と外務省の主任分析官を務めたロシア専門家の佐藤優のインテリジェンス最強コンビはこう定義する。
銅合金の鋳造を生業とする者として、銅の値動きには敏感にならざるを得ない。銅はすぐれて戦略物質であるゆえに、価格は単なる需給関係を超えて、国際政局がくっきりと映し出される。本書では原油価格が高値の半分以下に低迷するなか、サウジアラビアがなぜ生産調整を見送ったのか。その背景には、原油を盗掘する「イスラム国」の存在があると喝破している。主要産油国は値を戻して「イスラム国」を太らせたくない…。インテリジェンスのプロフェッショナルはサウジの真意をそう読み解く。
中東にとめどない混迷をもたらしたもの、それは超大国率いるオバマ大統領の不決断にあると断じている。国家の安全保障は、その奥底に「力の行使」の覚悟を秘めていなければ、相手を突き動かすことはかなわない。だが戦後の日本は、武力行使という選択肢を自ら封じてしまったため、「力の行使」に真摯に向き合おうとしなかったと本書は言う。
アメリカの核の傘のもとに安住してきた日本は、インテリジェンスの訳語すら持たなかったツケを払うことにならないだろうか。本書を読み進めるうちに、日本は「インテリジェンス強国」を目指すべきとの思いを強くする。二人のインテリジェンス・マスターの筆になるこの書は、秀逸なスパイ小説をはるかに凌駕する、事実という名の宝石が満載されている。これほど知的な好奇心を鷲掴みにするテキストに出会ったことはない。
北國新聞 10月25日掲載