手嶋龍一

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ノンフィクション作品

インテリジェンスの最強テキスト

「情報のアキレス腱詳細に」  評 吉田一彦(神戸大名誉教授)

 かつてインテリジェンスといえば、もっぱら心理学などの用語であったが、最近では機密情報の意味で定着した感がある。「有利な状況を得るための知識」といった定義もあるが、裏を返せば「不利な状況を避けるための知識」といったことにもなるだろう。ライバル会社の新製品に関する事柄も立派なインテリジェンスである。
 このインテリジェンスが国家間の事象となると、国の消長にも影響することから、各国の専門機関がしのぎを削ることになる。これが現実の国際社会である。2013年にドイツのメルケル首相の携帯電話を、アメリカのNSA「国家安全保障局」が盗聴していたことが発覚して問題になったが、友好国はあるが、友好的な情報機関はないと心得るべきである。やられたほうが悪いといった世界でもある。
 冷戦期にアメリカに亡命したソ連のスパイが「先進国のなかで情報機関を持たない国が一つある」と言ったと伝えられるが、それがどの国か、言わなくてもわかる。この状況に警鐘を鳴らしたのが本書で、著者はインテリジェンスに練達の二氏である。平和ボケの特効薬でもあるが、わが国の行く末をおもんばかる人にはぜひ読んでいただきたい一冊である。
 最近の重要なインテリジェンスの課題はイスラム国であるが、本書ではシナリオ分析という手法を駆使して、将来の見通しを提示する。インテリジェンス活動の実践であるが、関心のある向きには202ページ以下をお勧めする。
 2001年9月11日にアメリカを襲った同時多発テロで、アメリカの情報機関は事件を予想させる暗示を得ていたが、個々のパズルを組み立てて一つのまとまりを組成することができなかった。重大な情報過誤であって本書では情報機関のアキレス腱が詳細に述べられている。半面で情報活動の成功例が表面に出てくることは稀である。これが公になれば厄介な国際問題に発展しかねないし、相手側に手の内を読まれてしまう危険も存在する。インテリジェンスはインテリジェンス(知能)の競い合いである。

熊本日日新聞 10月18日掲載

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