北朝鮮情勢読み解く慧眼
佐藤優(作家、元外務相主任分析官)
誰もが白以外の白鳥は存在しないと思い込んでいた。しかし、1697年、オーストラリアでブラック・スワン(黒鳥)が発見された。それ以降、想定外の事態が発生したときの隠喩(いんゆ)としてブラック・スワンという言葉が用いられる。金正日の突然死はまさに現在進行形のブラック・スワンである。
こういうときに真価を発揮するのがインテリジェンスだ。本書の導きに従って、今後の北朝鮮情勢を読み解けば、本質を見誤ることはない。手嶋龍一氏は、「北朝鮮がウラン濃縮に着々と手を染めている――彼の地を訪れていた専門家からワシントンに急報されたこの極秘情報はオバマ政権の外交・安全保障チームを慌てさせた。2010年の夏、北朝鮮は、かつて広島に投下された核爆弾の製造を推し進めたロスアラモス研究所の元所長を各関連施設に招いて、あろうことか、ウラン濃縮を行っている現場を見せたのである」(202ページ)と指摘する。北朝鮮は既にプルトニウム型核爆弾を数個保有しているとみられている。それに加えウラン濃縮型核爆弾を製造する準備を進めているのだ。北朝鮮が持つ核技術が一部の中東諸国に拡散する可能性をどのようにして防ぐかが、現下の米国にとって最大の懸案事項なのである。
9.11米中枢同時テロ後、米国はアフガニスタン戦争、イラク戦争で疲弊し、東アジアに十分な目配りができなくなった隙を突いて、北朝鮮が新たな核の恫喝(どうかつ)をかけてきた。この流れは金正恩によっても継承される。
「沖縄の在日軍事基地の移転問題を新しい発想によって解決し、日米の安全保障体制に生じてしまった亀裂を早急に修復してみせる。それを新たな出発点に、日本が率先して東アジアの戦略環境を創造すべく積極的な役割を担う時である」(205ページ)という手嶋氏の提言を評者は支持する。新たな戦略環境を整えるには、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に参加し経済面でも日米同盟を深化させ、さらに核開発を強引に進めるイランに対する米国の制裁強化を支持することが効果的と思う。