手嶋龍一

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ノンフィクション作品

「世界の29人を取り上げた人物ルポ 政治の裏方にも焦点 命を賭した男の美学」

著者インタビュー

政治に身命を賭(と)す、世界の29人を取り上げた人物ルポ『葡萄酒か、さもなくば銃弾を』(講談社)が話題を集めている。著者は、外交ジャーナリストの手嶋龍一さん。米大統領選をはじめ、北京五輪を開催した中国、ロシアのグルジア侵攻など外交や政治の舞台は激しく揺れ動いている。「死の覚悟なきものは、政(まつりごと)に手を染めてはならない」という手嶋さんに、本書に込めた思いを聞いた。(堀晃和)

29人には、米大統領選民主党候補となるオバマ氏をはじめケネディ第35代米大統領、キッシンジャー元米国務長官、小泉純一郎元首相…。政治家や外交官らそうそうたる顔ぶれが並ぶ。ケネディ氏ら2人を除き、あとは実際に取材した人々という。

「高度成長の時代は、経済が一流だから政治は脇役でいいという意識があったかもしれないが、今の時代ではそれは誤り。新しいタイプのリーダーが必要なのに、それを生み出すシステムを欠いてしまった。日本の指導者が払底してきている状況を見て書かなければならないと思ったんです」

最初に取り上げるのは、オバマ氏だ。「暗殺の危険を知りつつもなお、大統領権力を目指そうと決意した者だけが内に秘めた覚悟が窺(うかが)えた」と記す。黒人初の大統領を目指す過酷な道のりと、さまざまな転機を感動的な筆致でつづっている。「暗殺の予感が勁(つよ)い政治家を育んできた」(本書)。一国の指導者になる者の決意や指導者像とはどんなものなのかが伝わってくる内容だ。

タイトルにも、その思いを込めた。「葡萄酒とは、キリストの血のこと。政治の中の血を象徴しています。キリストは当時の政治情勢の中で血祭りにあげられた。甘美な酒宴の背後には命を狙う銃弾があるということを表現したかった」

「命を賭す」-というのは、外交官にもあてはまる。谷内正太郎前外務事務次官ら複数の外交官にもスポットを当てた。国際政治の舞台では裏方の存在。熾烈(しれつ)な外交の現場や、歴史の陰で汗をかきながら、その労や功を表には見せない「匿名性の美学」を伝えたかったからだという。

本書の最後は、若泉敬氏の章で締めくくられている。沖縄返還交渉に際し、佐藤栄作首相の密使として米国と渡り合った国際政治学者。死を見すえて、日米極秘合意に言及した著書『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』を遺(のこ)し、66歳で他界した。「匿名性の美学を重んじた典型として知ってもらいたかったんです」

国際政治の舞台では中国の存在が日に日に大きくなっている。「今後中国とどう切り結んでいくか。国際社会で尊敬されるような指導者が出てほしいですね」

産経新聞2008年8月27日朝刊文化面掲載

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