手嶋龍一

手嶋龍一

手嶋龍一オフィシャルサイト HOME » ノンフィクション作品 » 葡萄酒か、さもなくば銃弾を » 書評

ノンフィクション作品

「強じんな国際政治読み解く」

高峰 武 熊本日日新聞論説委員長

NHK記者として、国際政治の十字路にいた筆者はこれまで、独自の分析眼で複雑な国際政治を読み解き、本誌の読書欄でも分かるように、しなやかな「手島ワールド」を展開してきた。

本書は、米大統領選の民主党指名争いを闘うバラク・オバマ、ヒラリー・クリントンをはじめ、政治権力の磁場の中で活動する、国内外の二十九人の物語だが、貫くキーワードを二つ挙げれば、一つは「インテリジェンス」という現代風の言葉であり、もう一つは「覚悟」という一見使い古された言葉であろう。

インテリジェンス。情報というふうに使われることが多いが、国際政治の最前線においては、守るべき「国家」のために、ある時は比類なき矛となり、ある時は最強の盾となる。

本書はブッシュ政権についてこう指摘する。「イラク戦争の戦略が間違っていたわけでもない。イラク戦争の政略そのものが間違っていたのである。(中略)サダム・フセインは核・化学・生物兵器を隠し持っているというインテリジェンスが誤っていたのである」

日本の政治と政治家がいかにインテリジェンスから遠い位置にあるか。原爆投下の経緯、北方領土をめぐる米国の深謀・・・。そこには、冷徹な国際政治の現実がある。

「覚悟」という言葉も、日本の政治家から忘れられようとしている。冷戦崩壊後の統一ドイツの首相に就任したヘルムート・コールの「まなざし」に込められた決断、覚悟は、政治という厳しい現実を物語って止まない。

戦後の国際政治の転換点ともなった米中和解を演出した、周恩来とヘンリー・キッシンジャーの行動と発言。そこには、東西両陣営を代表する政治家への、歴史への深い理解に裏打ちされた、思考の強靭さがある。

読み進めてぶつかる、例えば安倍晋三前首相の政治家としての見立ての誤りと、考えの皮相さはどうか。その軽さは笑って過ごせるものではない。

最後に紹介される、沖縄返還交渉の密使となった国際政治学者・若泉敬の、死を目前にしたエピソードに粛然とする思いだ。

熊本日日新聞 2008年5月25日掲載

閉じる

ページの先頭に戻る