手嶋龍一

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ノンフィクション作品

たそがれゆく日米同盟 ~ニッポンFSXを撃て~

改訂版新潮文庫 2006年6月30日発売

あの冷たい戦争が終わりかけていた頃、FSX・次期支援戦闘機の研究・開発をめぐって日米同盟に忍び寄っていた危機の様相を描いたドキュメンタリー。
(『ニッポンFSXを撃て ∼日米冷戦への導火線 新ゼロ戦計画』の改定文庫版)

新規書き下ろし「改訂版・前書き」

たそがれゆく日米同盟 -ニッポンFSXを撃て-

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初冬のベルリンは暗鬱な雲がひくくたれこめて燻ぶっていた。キューバ危機のドキュメンタリーを撮影するため、かつての冷戦都市を久々に訪れた。米ソ両大国が核の刃を手に対峙していた時代、この街は冷戦の主戦場だった。ベルリンを東西両陣営に切り裂く壁が聳え立ち、それぞれの歩哨が銃を構えていたチェックポイント・チャーリー。自由を渇望してこの壁をよじ登ろうとし、どれほどのひとびとが射殺されたことか。だがその監視塔はすでになく、冷たい戦争の素顔は、映画『寒い国から帰ってきたスパイ』の冒頭シーンにわずかに残影を刻んでいる。

ジョン・F・ケネディは、クレムリンがキューバの地から突きつけた核ミサイルに立ち向かいながら、東側陣営の大海に浮かぶ陸の孤島ベルリンをも守らねばならなかった。西側陣営の盟主たる若きアメリカ大統領が送った孤独の日々―。ホワイトハウスにひそかに仕掛けられた録音装置は、キューバ危機がベルリンに核戦争をおびき寄せていたさまを収録していた。アメリカは自国を核戦争の危険に曝してまで欧州の同盟諸国を守る意思がほんとうにあるのか―。それは大西洋を挟んだNATO同盟の奥深くに潜んでいた未解決の命題だった。

忍びよる戦争の危険は、同盟関係に埋め込まれた矛盾を一挙に噴出させる。だが、戦争の終結もまた安全保障同盟の底に眠っていた危機の芽を露わにする。あの冷たい戦争の終わりがまさにそうだった。太平洋を挟んだ日米同盟は予期せぬ嵐に見舞われたのである。FSX・次期支援戦闘機の開発をめぐる日米の軋轢がそれだった。東京・ワシントンの同盟関係を根底から揺るがしたこの事件は、経済、軍事、政治の錯綜した要素が入り組み、恐ろしいまでに多義的だった。航空機ビジネスをめぐる貿易摩擦。高まるテクノナショナリズムをめぐる相克。そして極東の経済大国が「ニュー・ゼロファイター」を手にやがて日米同盟から離脱していくというアメリカ側の猜疑。半世紀に及ぼうとしていた安全保障同盟には覆いがたい亀裂が走り始めていた。

いまは自衛艦の艦長となって海上で勤務しているそのひとは、FSXの危機が持ちあがったとき、まだ防衛大学の学生だった。いつの日か、この出来事の全貌を知りたいと考えた彼は、希望して大学院に進んだ。そして防衛庁の上司や民間の航空機メーカーの担当者、大学の研究者を訪ね歩いたという。だが、FSX事件の切れ切れを記憶している人はいても、その全体像を把握している関係者は見当たらなかった。閲覧できる限りの資料もあたってみたが寥々たるものだった。巨大な経済力を背景に日本が純粋の国産戦闘機を開発しようと試み、アメリカ製戦闘機の購入を求める米政府の逆鱗に触れてしまう。その果てにアメリカのF16戦闘機をモデルに日米両国が次期支援戦闘機を共同で開発することで妥協したことは公にされている。だが、その折衝の過程でなにが議論され、どのような決着が図られたかは明らかにされていない。安全保障上の盟約を結んでいる同盟国の間では決して起こってはならない事態が起きていたからだ。黄昏ゆく日米同盟の発端をなした冷たい空中戦の記録はいまなお封印されたままだ。

FSXをめぐる日米の軋轢を扱ったこのノンフィクション作品は、事件と同時進行の形で書き進められた。そして筆を擱いたとき、冷たい戦争はその幕をようやくおろそうとしていた。この作品を書き終えることによって、初めて冷戦が終わるということの意味を自分なりに捉えることができたように思う。安全保障をめぐる厚い国家機密に挑んで書きあげた作品だけに、いまも公にできない多くの情報源から貴重なインテリジェンスをいただいた。それらの情報に依拠してはじめてFSX事件の全体像を描くことができた。こうした手法は近著『ウルトラ・ダラー』の叙述と一脈通じるとことがあったのだろう。このインテリジェンス小説を読んでくださった若い読者の方々から、多くのサイトを通じて文庫の再版を求める声が寄せられた。今回、新潮社のご協力を得て、『黄昏ゆく日米同盟』と題を改め、新しい文庫として出版する運びとなった。
 計画の段階では「次期支援戦闘機・FSX」と呼ばれたジェットファイターは、当初の目論見よりかなり遅れて実戦に配備された。その名は「F2戦闘機」。日米の軋轢のなからようやく誕生したこの混血戦闘機は、その出自のゆえなのだろうか。日米同盟の非嫡出子として不遇をかこっているように見える。膨大な国家予算を費やしたまま、やがて姿を消す運命にある。それは翼なき飛翔にも似ている。

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