まさに前作しのぐ2作目
産経新聞 2010年2月28日
今から30年ほど前に大ヒットした映画シリーズの第2作に、「前作をしのげないなら2作目を作る意味がない」という自信溢(あふ)れるコピーが付され、強烈な印象を残した。
当時から今日まで、名作と呼ばれた小説や映画の第2作が凡庸な模造品に終わった例は枚挙にいとまがない。そこで、日本初のインテリジェンス小説として、多くの読者を魅了した手嶋龍一氏の名著『ウルトラ・ダラー』の第2弾である本書に対しては、いささか厳しい目で臨まざるを得なかった。しかし、久々に先のコピーに負けない第2作に出会えたと断言したい。
手嶋氏のインテリジェンス小説の魅力は、どこまでが事実で、どこからフィクションかという虚実の皮膜にある。 本作品でも、前作以来の主人公スティーブン・ブラッドレーが近年世界中を震撼(しんかん)させた金融パニック、例えばブラック・マンデー、9・11事件に端を発する金融危機、そしてリーマン破綻(はたん)といった諸事件の背後に蠢(うごめ)く存在を探る。その過程で、第二次世界大戦下、大勢のユダヤ系避難民に日本の通過ビザを発給して、多くの人命を救った外交官、杉原千畝(ちうね)にたどり着き、「スギハラ・サバイバル」と呼ばれた難民の一人に焦点が合わせられる。彼は、アメリカに渡ってシカゴ金融界の大物になり、革命的な金融商品を次々と生み出して、今日の金融グローバル化の一翼を担うのだが、実在の人物がモデルであることを知った時には「事実は小説より奇なり」との格言を改めて実感した。
前作以上の知的興奮を味わったが、それは一般小説の何十冊分にも相当する膨大な情報が惜しげもなく盛り込まれているからこそと言えよう。
杉原とポーランド将校の情報面における協力という、一見荒唐無稽(むけい)に見えるエピソードも紛れもない事実である。杉原のインテリジェンス・オフィサー面の有能さを初めて明らかにし、杉原研究にも一石を投じたことは、本書の奥行きの深さを象徴している。
近年とみに高まっているインテリジェンスへの関心が十分に満たされるガイドブックの登場を心より歓迎したい。(新潮社・1680円)
評・白石仁章(杉原千畝研究家)