手嶋龍一

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手嶋流「書物のススメ」

『ステイト・オブ・テラー』

書評 大統領と国務長官として超大国を率いたクリントン夫妻。政治スリラーでもふたりはその才を競い合っている。ビルが『大統領失踪』を著わせば、ヒラリーも本作をひっさげて華々しくデビューした。ガマシュ警部シリーズのペニーが共著者なのだが、ワシントンが舞台ならヒラリーの独壇場だろう。ホワイトハウスの向かいに建つホテル「ヘイ・アダムス」の地下のバー「オフ・ザ・レコード」が登場するが、ヒラリーが密談をする姿を見かけたことがある。物語の細部をリアルに描写して、本作が単なるフィクションではないと読者に伝えたかったのだろう。

 政敵の大統領から突如国務長官に指名されたエレンはメディア帝国に君臨する経営者だった。ロンドン、パリ、フランクフルトを相次いで襲った爆弾テロは、就任間もない彼女を苦境に陥れた。一連のテロの背後にはパキスタンの武器商人シャーの影が伸びていた。ロイター通信の敏腕記者の息子には、シャーが黒幕のテロ組織に誘拐された過去があった。死の商人はいまや核開発にも手を染め、次なる標的をホワイトハウスに定めているらしい。

 そんな武器商人と密かに手を結ぶ裏切り者が政権の上層部に潜んでいる――エレンはその正体を突きとめようとイラン、パキスタン、ロシアに乗り込み、政権内の“高位情報提供者”をあぶり出していく。鬼気迫る折衝ぶりに引き込まれてしまう。

 「このプロットがフィクションであり続けるかどうかはわたしたちにかかっている」

 瞬時でも隙を見せれば、核のテロルはたちまち現実になるとヒラリーは警告する。やがて国務長官の怒りはテロ攻撃に手を貸す政権内の裏切り者から前大統領に向けられていく。この男が政権に返り咲けば、チェスの駒のようにロシアに操られ、アメリカは属国になり下がってしまう――ヒラリーが米アメリカ、いや有権者に伝えたかったのは、この一点だったのだろう。

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