『大統領失踪』(上下)ビル クリントン, ジェイムズ パタースン(著)早川書房
暗い時代に終止符を打つ「大統領失踪」
超大国を守る核ミサイルのシステムを統御している中枢を狙え。サイバー・テロがアメリカを襲おうとしている。トルコ出身の男によって仕掛けられた未曽有の危機をダンカン大統領は“ダーク・エイジ”と名付けた。そして猛毒を孕んだウィルスの息の根を止めるため、極秘情報を入手しようと接触を試みる。だが、大統領の失脚を狙う下院議長ら政敵は、国家の安全を危うくする暴挙だと断じて大統領の弾劾に向けて動き出す。
著者はなんと第42代大統領ビル・クリントンだ。モニカ・ルインスキとのスキャンダルで弾劾されかけたこの人をホワイトハウス特派員として取材した日々がわが脳裏に蘇ってきた。共和党への燃えるような怒りも、執務室の隅々もリアリティに溢れている。
史上最強のウィルスを設計した若い女性がパリに留学中の大統領の愛娘と接触し、“ダーク・エージ”と囁いた。政権中枢の八人しか知らない暗号名だ。裏切り者が政権内に潜んでいる――。ダンカン大統領は、ウィルスを阻止する手がかりを探るため、男女二人のテロリストと接触するため自ら姿をくらましてしまう。
スピーディーな展開、巧みな構成、こなれた文章。本当に大統領の筆になる作品なのか。そう思う日本の読者もいるだろう。「力はそれ自体が目的ではなく、より崇高で大切な目的を果たす手段」というフレーズは、スピーチライターと文章を練り上げてきたひとでなければ書けない。手練れの共著者はいるが、紛れもない大統領の筆になるものだと思う。
「自由を保つのにじゅうぶんな堅牢さと、時代の試練に向き合うのにじゅうぶんな柔軟性とを具えた政府」を創り上げるため責務を果たすと危機を締めくくったダンカン大統領の議会演説。この名スピーチに接したアメリカの有権者は、かなうことなら、あと一年で幕を開ける大統領選に名乗りをあげてほしいと願うことだろう。トランプが創り出した“ダーク・エイジ”暗い時代に終止符を打つために。