手嶋龍一

手嶋龍一

手嶋龍一オフィシャルサイト HOME » 手嶋流「書物のススメ」 » 書評

手嶋流「書物のススメ」

「FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実」ボブ・ウッドワード (著), 伏 見 威蕃 (翻訳)
日本経済新聞出版社

書評 超大国を担う理念もなく、修練も積んでいない者を大統領に選んでしまえば、どれほど恐ろしい災厄が起きてしまうか。本書の主人公トランプの素顔は異様なまでに歪んでおり、さながらホラー映画を見ているようだ。

 自分ならどんな大統領も操ってみせる―。当代米国を代表する将軍、財界の大物、気鋭のエコノミストが気負ってトランプ政権に乗り込んでいった。だがわずか二年足らず、国務、国防らの重要閣僚、首席補佐官、首席戦略官、国家安全保障担当の補佐官が大統領のもとを次々に去っていった。

 トランプは貿易赤字こそ「絶対悪」と信じ込み、TPPや自由貿易協定から離脱し、赤字を押しつけるNATO諸国や韓国との同盟を忌み嫌う。補佐官らは、政策の正しさを裏づける数字を示して説得するのだが、「そんなことは聞きたくない」、「ぜんぶ嘘っぱちだ」と見向きもしない。そして日に4,5時間もテレビ画面にかじりつき、反トランプ報道に怒りをぶちまけて過ごす。本書はそんなトランプの日々を克明に描いている。これでは錯綜した軍・政府組織を統御できるはずもなく、政権内に混乱がとめどなく広がっていく。

 『恐怖の男』は、傑出した情報収集力を駆使し、身近で仕えた高官から貴重な情報を引き出し、裸の王様の実像に挑んだ「インテリジェンス報告」である。だが、いかに優れた諜報報告も万能ではない。アメリカにとって最重要の同盟国、ニッポンに関する記述がすっぽりと抜け落ちている。トランプ・金正恩会談にいたる内幕を描写するには「ジャパン・ファクター」は欠かせない。だが、さしものベテラン記者も日本の情報源にはアクセスできなかったのだろう。トランプが北への先制攻撃を検討しながら、なぜ米朝対話に転じたのか解明されていない。

今後の東アジア政局を精緻に読み解くには、本書に欠けている情報の断片を独自に拾い集めて補う必要がある。超大国の傘にひっそりと身を寄せて危機を凌ぐ時代が終わったことを本書は図らずも教えてくれる。

閉じる

ページの先頭に戻る