手嶋龍一

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手嶋流「書物のススメ」

「一帯一路」の戦略思想とは

 物語世界を切り拓く錬金術

書評2014年、中国政府は「北京秋天」を人工的に創りだし、澄み切った青空のもとでAPEC(アジア太平洋経済協力会議)を主催した。誇らしげに登場した習近平国家主席は、海と陸に「新しいシルクロード」を建設すると宣言。中国の世紀を見すえて「アジア太平洋の夢」を実現するためAIIB(アジアインフラ投資銀行)を設立した。「一帯一路」と呼ばれる構想はこのようにして誕生したのである。
「これこそ現代史を劃する転換点となった」
 21世紀のいま、司馬遷が生きていれば史書にこう記したに違いない。「一帯一路構想」とは、単なるインフラ投資の計画などではない。海と陸を舞台に提唱された新シルクロード計画なのである。逞しく経済発展を遂げる中国が世界に向けて初めて示した戦略思想に他ならない。

 「これこそ現代史を劃する転換点となった」 21世紀のいま、司馬遷が生きていれば史書にこう記したに違いない。「一帯一路構想」とは、単なるインフラ投資の計画などではない。海と陸を舞台に提唱された新シルクロード計画なのである。逞しく経済発展を遂げる中国が世界に向けて初めて示した戦略思想に他ならない。
 それは二世紀ぶりに世界の主役になろうとする壮大な「チャイニーズ・ドリーム」なのだと著者は説く。ユーラシア大陸にあっては、新疆ウイグル自治区の小さな町コルガスをハブに中央アジア全域に延びる流通ルートは、モスクワ、キエフ、イースタンブールに連なっていく。一方、海洋にあっては、バングラディシュのチッタンゴン港からスリランカのハンバントタ港、さらにはパキスタンのグワダル港を支配下に収めながら、要衝ホルムズ海峡を窺っている。さらには北極海にも「氷のシルクロード」を拓き、21世紀の帝国を築こうとしているのだろう。

 自らの力をひた隠しにて将来に備えるべし――。「韜光養晦」の教えを説いたのは、改革開放の提唱者、鄧小平だった。だが、習近平が率いる中国は、もはや能ある鷹であることを隠そうとしない。「一帯一路」構想こそ、いまの中国を象徴する国家戦略だと著者は言う。
 「地域同盟を形成してアジアに力を及ぼすアメリカとは違い、中国はその地政学的目的を追求するために経済的パートナーを必要としている。『一帯一路構想』の戦略的目標は、開発の推進力としての中国の地位を固め、アジアからさらに広い範囲に相互依存のネットワークを形成することだ」

 「一帯一路」に沿って巨額のインフラ投資を進めていけば、周辺のアジア諸国も安全保障上の不安を覚えず、経済的利益を優先させる。spsじょて。新たな宗主国に惹きつけられると著者は予測する。

 かつての大英帝国は、七つの海にネットワークを築いて君臨した。だが、著者の国イギリスは、海洋を面で支配する愚は犯さなかった。一方、習近平の中国は南シナ海を埋め立て、全域を自国領にしつつある。地面を支配する大陸国家の遺伝子を色濃く受け継ぐ国の発想なのだろう。

 評者はこの一月、ハンバトタ港を訪れた。巨額な負債で港の所有権は中国の手に落ち、スリランカ人の立ち入りは堅く禁じられていた。かつてソビエト連邦は、周辺の東欧衛星国を繋ぎ留めておく経済的コストに耐えかねて崩壊していった。「一帯一路構想」も、こうした全体主義国家と同じ道を辿る危険を孕んではいないだろうか。

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