スパイ小説の大家の鮮やかな自伝
『アウトサイダー 陰謀のなかの人生』 フレデリック・フォーサイス
文句なしに面白い――昨今、そんな新刊に出会うことは、万馬券に当たるほどの幸運と言っていい。フォーサイス少年はスピットファイアーを駆って大空を飛びたいと憧れていた。ケンブリッジ大学の入試面接でも「パイロットになりたい」と告げ、安全だが退屈な人生を拒んでしまう。まさしく筋金入りの「アウトサイダー」なのである。
この特異な自伝は、短編の狙撃手、ロアルド・ダールが人生を綴った『少年』、続く『単独飛行』の系譜を継ぎ、消えゆく大英帝国の青年群像を彷彿とさせる。
ふたりとも金持ちの子弟が学ぶパブリック・スクールに通いながら、大学には進まない。冒険旅行にでかけ、軍用機の操縦棹を握り、やがて作家になる軌跡はぴたりと重なっている。
「人生はおびただしい些事と、数少ない大事件から成り立っている。自伝では退屈にならないよう内容を厳しく吟味すべきだ。どうでもよい事柄はばっさりと切り捨て、鮮やかに記憶に残っている出来事だけに絞り込むべし」(『単独飛行』より)
フォーサイスもダール流の「自伝の鉄則」にあくまで忠実なのである。
フォーサイスは語学の才能を生かして、ロイター通信の特派員とない、ドゴール時代のパリから冷戦都市ベルリンに赴いていく。彼の地で東ドイツの情報当局の峻烈な検閲体制のもと記事を紡いでいく。検閲はジャーナリストを鋼のように鍛えるという。一段とたくましくなったフォーサイスは、BBCの特派員として内戦下のビアフラの悲惨な現実と向き合う。
この時、英国秘密情報部と密やかな関係が培われる。後年、その絆が南アフリカで大きな実を結ぶことになる。この国の白人政権は、人種隔離政策は放棄したのだか、核弾頭は密かに保有していた。作家は、情報当局の密命を帯びて現地に飛び、ボタ外相に核の扱いをどうするのかと尋ねた。一連の事実は『ジャッカルの日』に劣らず面白い。