「情報源めぐる米中の攻防」(『中国スパイ秘録』)
冷たい戦争の時代にソ連との情報戦を描いてきた練達のジャーナリストがいま次々と対中国戦線に転戦しようとしている。本書の著者、デイヴィッド・ワイズもそのひとりだ。超大国アメリカの目に映る大国として中国像が日ごとに大きくなっているからだろう。
これまで米中情報戦の実相が描かれることは稀だったが、『中国スパイ秘録』が「パーラーメイド」事件の闇を照射してみせたことで、中国の諜報組織を率いる国家安全部がほんのわずかだが素顔を覗かせた。
アメリカの対敵諜報機関FBIは、「パーラーメイド」のコード名を持つアメリカ国籍の中国人女性カトリ―ナ・レオンの逮捕に遂に踏み切った。FBIの幹部がその朝、沈痛な面持ちで「我が組織が悲しみに満ちた日」とワシントンD.C.で語ったことをいまも鮮やかに憶えている。2003年春の出来事だった。
カトリ―ナ・レオンは80年代からFBIが抱えていた最重要の情報提供者だった。中国共産党の中枢に食い込み、彼女がもたらす北京情報はアメリカ大統領への情報報告書を飾っていた。
レオンを担当していたFBI特別捜査官J・J・スミスは、レオン情報の威光のゆえに組織内で影響力を強めていった。スミスの上司でやがて原爆製造の聖地、ローレンス・リバモア研究所で対敵諜報部門の部長となるビル・クリーブランドもレオンも彼女に依拠していた。この二人は、レオンがある時期からアメリカを裏切って北京に情報を流していたのに気づくのだが、FBIに真実を告げなかった。大物の情報源を失いたくなかったのだ。彼らは揃ってレオンと肉体関係を持っていたからでもある。
「パーラーメイド」事件は、諜報組織のなかで情報源がどのように太っていくのか。その果てに中国側に絡め取られていくさまを物語っている。その軌跡はジョン・ル・カレのスパイ小説を読むようにスリリングだ。