「日本経済を殲滅せよ」 エドワード・ミラー 著
アメリカの周到さを知れ
テロリストの糧道(りょうどう)を断て―。
9・11同時多発テロ事件で国土の心臓部に深傷を負ったアメリカは、国際テロ組織の資金ルートを真っ先に封鎖した。国境を越えてアミーバ状に拡がる敵に痛打を浴びせるにはテロ・マネーの凍結が欠かせないからだ。二十一世紀のテロ戦争では金融分野こそ主戦場となった。
アメリカが貴重な戦訓を学んだのは七十年前の対日戦だった。近代戦を戦う資源を持たない日本の首を締めあげる。その武器としてドルの威力は実に有効であった。ドルは国際的に流通するハード・カレンシーであるだけではない。貿易の優れた決済機能を持っていたからだ。一九四一年七月、ルーズベルト大統領は「対敵通商法」を発動して、日本の在米ドル資産を凍結し、戦略物資の輸出入を封じてしまった。
石油や鉄鋼の禁輸が日本を太平洋の戦いに踏み切らせてしまった―。従来はそう説明されてきたが、本書は浩瀚(こうかん)な史料を駆使してそんな通説を突き崩した。在野の歴史家、エドワード・ミラーは、かつて名著『オレンジ計画』でアメリカの対日長期戦略の息の長さを描いてみせた。新著では金融の分野から対日戦略の核心に挑んでいる。
ひ弱な経済力しか持たない日本が日中戦争を続ければ早晩米(こめ)櫃(びつ)が空になる。アメリカの戦略家の多くがそう信じていた。だが日本は横浜正金(しょうきん)銀行ニューヨーク支店に総額一億ドルを優に超える資金を密かに隠していた。アメリカの金融Gメンが金融の中枢に秘蔵されていた資産を暴きだしていくプロセスは情報小説を読むようにスリリングだ。この追跡劇こそ、アメリカがやがて日本に「金融総攻撃」を仕掛ける前奏曲となったのである。
虎の子のドルを凍結された日本は、短期決戦で活路を見出すか、窮乏生活に耐えて虚弱国に転落するかの岐路に立たされた。その果てに決行された真珠湾攻撃は金融攻撃に対抗した自衛の聖戦である―。本書は東京裁判での木戸幸一の供述を紹介している。
「太平洋戦争は日本の仕掛けた侵略戦争ではありませんでした。自己防衛と自己保存の戦いであったのです」 だが、ミラーは「第三の道」もあったはずだと言う。中国から兵を引いて制裁を解除させるか、ドイツの勝敗を見極めるまで経済封鎖を凌いで連合国に投じる道もあったはずであり、日本は戦後世界の主役のひとりになりえたかもしれない。ミラーはこう指摘して、せっかちな日本の読者が「自衛・自存」の正当性を本書から誤読しないよう釘を差している。