「ウェルカム・トゥ・パールハーバー」 西木正明 著
今週の必読
国家が坂道を転げ落ちるように破局に向かっていく―。真珠湾へ吸い寄せられる開戦前夜の日本がまさにそうだった。心ある人は暗い予感に慄きながら、為す術もなく呆然と立ち尽くしている。歴史の素顔とは存外そんなものなのだろう。
西木正明は、内に秘めている作家の衝動をどうにも制御しかねたに違いない。若き日に探検家を志した、想像力という名の脚力を拠りどころに大戦の国際政局に分け入っていった。
日本が真珠湾を標的に定めたその時、ドイツ軍はモスクワを攻めあぐね、血を分けた盟友であるはずの英米にも軋轢が生じていた。そして日本の統帥部は対米戦を戦い抜く自信など持ち合わせてはいなかった。
にもかかわらず何故かくも愚かな戦いを―西木正明は、処女作『オホーツク諜報船』で用いたノンフィクション・ノベルの手法を使って、その謎に挑んだ。ルーズベルト大統領が放った刺客、メリノール派の神父を相手に始まった日米秘密交渉。現実の出来事を物語の骨格にすえて、米英ソ独の諜報戦を描き出したのだった。日米交渉の背後には英国秘密諜報部の在米エージェントがいた。チャーチルの意を受け、ヒトラーやスターリンを欺き、ルーズベルトを対日戦に誘い出すさまが活写されている。
ジェネラル・タモガミは、こうした西木ワールドをどう読み解くのだろう。この物語を読み進めるうち、こう尋ねてみたくなった。
ルーズベルト大統領は、三百人のコミンテルンのスパイを政権内に擁し、その巨魁がモーゲンソー財務長官の右腕ハリー・ホワイト次官補だった。ホワイトは対日最後通牒「ハル・ノート」の執筆者であり、戦闘機百機からなる義勇航空兵「フライング・タイガー」を蒋介石軍に供与して、真珠湾攻撃に先駆けて対日攻撃を敢行させた―田母神論文はこう断じている。確かに、ホワイトはクレムリンの情報提供者だった。
「ルーズベルトは戦争をしないという公約で大統領になったため、日米戦争を開始するにはどうしても見かけ上日本に第1撃を引かせる必要があった。日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を決行することになる」
田母神論文はこう記して、「ルーズベルトの罠」に日本が嵌ったと主張している。列強が国家の生き残りを賭けてしのぎを削る国際政治の舞台では「殺すより騙せ」と言い慣わされてきた。敵に欺かれる―国家の指導層にとってこれほど恥ずべき大罪はない。その意味で『ウェルカムトゥパールハーバー』こそ、田母神ワールドの雄弁なアンチ・テーゼなのである。