「日米同盟の静かなる危機」 ケント・カルダー著 渡辺将人訳
「新たな概念の創造」を示唆
駐日大使の特別補佐官を務めていたケント・カルダーはなんとも精力的な人物だった。米国内の情報源と接触を密にしようとしばしば飛んで帰り、そのたびにワシントン支局に筆者を訪ねてきた。
「先日のニュースでのあなたのコメントが気になったのだが、あそこまで言い切るのだから、確かなインテリジェンスをつかんでいるのでしょう」
こう切り出しては、東京・ワシントンの地下水脈を行き交う情報に分け入ってくるのだった。その眼光は炯々として、獲物に喰らいつく猟犬を思わせた。こんな政治学者など日本にはいない。これ程のエネルギーが、浩瀚な著作を次々に生み出していくのだろう。
日米同盟は東アジアの安全保障の要でなければならない―。日米関係に携わる者なら誰もがそう言う。だが、同盟が十全に機能しているのかと問われると、皆口ごもってしまう。日米同盟はいま静かなる危機を迎えている― こうきっぱりと言い切るのは彼だけだろう。
本書では東アジアの戦後秩序を設計したジョン・フォスター・ダレスに遡って、太平洋同盟の全貌が解き明かされていく。そして「比較同盟学」とでも言うべき手法を駆使して、日米関係が英米関係と較べられる。その上で「日米は英米同盟のような間柄を目指すべきだ」というリチャード・アーミテージの指摘を手厳しく批判する。
英国は米国とインテリジェンスを共有し、米国の意思決定に参画している。だが日本は、この二つの要素からことごとく排除されている。そんな現状で日本政府がアメリカの武力行使に付き従えば、国内から嫌米ナショナリズムが噴出してしまう。
沖縄基地の移転問題が遅々として進展していない現状にも、著者は危惧を隠そうとしない。
「同盟の信用にかけて、普天間移転の根本的計画を抜本的に変更すべきではない。しかし、地元の沖縄の不安に対する技術的な微調整は対応可能である」
だが米側が基本計画の変更を頑なに拒んでいるだけでなく、微調整にすら応じようとしない、と地元沖縄は不満を募らせる。このような日米関係の現況は、「同盟の自己資本」を摩滅させてしまう。かかる懸案を解決するには「政策ネットワーク」を双方に整える必要があると知者は主張する。
民主党オバマ新政権の出現で、日米関係の運営は難しくなると懸念する声が日本側に出ている。だが、本書を読み進めていけば、日米同盟の危機の所在はより深いところにあることが分かるだろう。
「日米の二国間同盟は、その戦略的重要性にもかかわらず、世界情勢のグローバルな現実にそぐわない方向に徐々に傾いていく危険がある」
現在の日米同盟は、単に安全保障の盟約にとどまらず、経済・通商関係、それに文化交流にいたるまでの幅広い分野にまたがっている。その意味で世界でも稀な「ハイブリッド同盟」なのである。にもかかわらず日米両国は、過去の成功物語に眼を奪われて、刻々と姿を変えていく同盟の全体像を正確に捉えることができずにいる。
日米両国は、いまこそ新しいエネルギー源の確保や地球環境の保護を目指して、共通の目標を共に分かち合うべきである。そして、その基盤となる新たな同盟の概念を創りだしていく時が到来している― 著者の提言には、太平洋同盟の進むべき行方がくっきりと示されている。
2008年12月21日付 「熊本日日新聞」掲載