「外交」 ヘンリー・キッシンジャー著
死ぬまでに絶対に読みたい本 大アンケート
人間とはなんと不思議な生き物なのだろう。キッシンジャーと接していると余りの人間くささに食あたりを起こしてしまうほどだ。わが叡智が現代史を紡ぎす―。そんな表情を見せた次の瞬間には、痛烈な問いかけにこめかみを振るわせる。米中接近劇やパリ和平交渉を扱った『キッシンジャー秘録』には微かに俗臭が漂っている。
だが『外交』は、同じ人の著者かと首を傾げるほど香気に溢れ、自己顕示のかけらも窺えない。新大陸に誕生した理想主義外交を、リシュリュー卿を淵源とする欧州の勢力均衡外交にくっきりと対置させた叙述は、精緻にして明晰だ。アメリカ外交は建国の輝かしい理念ゆえに孤立主義と対外介入主義を同居させ、この国をベトナム戦争に誘いこんでいった。こう怜悧に断じた著者は、忍び寄るイラク戦争の影をも見通していたかのようだ。
「冷戦が終わって日を経ずにアメリカ外交の自画像を描ききった大著を手にできたことに感謝しなければ―」
ハーバード大学のファカルティ・クラブでスタンレー・ホフマン教授がこう話してくれたことがあった。同じ大学で政治哲学を講じながら、フランス系ユダヤ人の先鋭なリベラリストとしてキッシンジャーの論敵であり続けた人の言葉だけに鮮烈だった。
錯綜する国際情勢に立ちすくむ時、誰しも『外交』を紐解きたくなるはずだ。それはこの書が既に古典の高みに達しているからなのだろう