手嶋龍一

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手嶋流「書物のススメ」

「本の時間『アメリカ経済の光と影』を当事者たちが述懐する」

「9・11の後、わたしはあらためて、世界は変わったのだと確信した。世界全体に資本主義経済が広がり、25年前と比較してもはるかに柔軟で、回復力があり、開放的で、自立的で、急速に変化する新世界、それがいまの世界なのだ」
国際化した経済を18年間にわたって率いたFRB(連邦準備制度理事会)の前議長、アラン・グリーンスパンは、『波乱の時代』で、同時多発テロ事件を経験したあとの世界をこう表現した。アダム・スミスを尊敬する彼は経済のグローバル化を「見えざる手」の国際版と捉え、自らその主導的な役割を演じた。
前半は彼の自叙伝であり、ブラックマンデーやベルリンの壁の崩壊に直面した米国経済の現代史へ読者を誘っている。後半に至って自らの経済哲学を語り始める。台頭する中国、ロシア、インドにアメリカはどう立ち向かうべきかを語り、最後に2030年の未来を描いて本書を締めくくっている。
ニッポンは本当に世界第二の経済大国なのか。アメリカと世界の経済の指揮者だったグリーンスパンの譜面には、日本のプレゼンスなど見当たらない。それどころか、あの失われた10年を企業や個人の体面を守るために「あえて巨額のコストがかかる経済停滞を受け入れた」とまで書かれている。

『波乱の時代』の著者は、9・11事件の嵐をくぐり抜けた世界を「柔軟で回復力があり」と表現した。だが、それは新たな事態に遭遇して、自ら危機を乗り切る自立的な意志と行動を暗黙の前提としている。国際テロ組織の増殖を封じた米財務省の活動がそれだった。そして、このオペレーションの主役を担ったのが、『テロマネーを封鎖せよ』の著者、国際担当財務次官を勤めたジョン・B・テイラーだった。

この気鋭のプレーヤーは、テロとの戦いに勝利するには、テロ資金の凍結そこ核心だと見立てたのだった。さらに新生イラクに新しい通貨を流通させることで中東に新たな秩序を創りだしたいと願った。その一方でIMFや世界銀行を二十一世紀の世界に適応させようと様々な改革に取り組んだ軌跡が描かれている。巨大にして未知のプロジェクトに挑むには、「リーダーシップ」と「アカウンタビリティ」が不可欠だ。本書からはそんな著者のメッセージが伝わってくる。

アメリカ経済の光と影。いま挙げた二冊の著者が、世界の前途を照らす一条の明りなら、『エコノミック・ヒットマン』は現代アメリカの深い闇を体現している。豊富な資源を持つ途上国の指導者に世界銀行の融資を受け国家を近代化すれば、さらなる成長を達成できると言葉巧みに持ちかける。だが、融資された金は巨大なインフラ建設を受注する米国企業と途上国の特権階級の懐に流れ込んでしまう。 著者ジョン・パーキンスは顧客だったエクアドルの大統領やパナマの独裁者とのディールの実態を暴き、アメリカのエコノミック・ヒットマンの醜い素顔を描き出している。
アメリカという名の不可解な覇権国の核心に迫りたいと願う読者を失望させることのない好著だと思う。


「波乱の時代-わが半生とFRB-」アラン・グリーンスパン(日本経済新聞出版社)
「テロマネーを封鎖せよ」ジョン・B・テイラー(日経BP)
「エコノミック・ヒットマン」ジョン・パーキンス(東洋経済)


奇しくもグリーンスパンは「自由市場と開かれた社会が世界全体にもたらす利点を生かそうとすると共に、公正さという基本的な問題があることに留意するのか、それとも、この機会を無視して、排外主義、民族主義、大衆迎合主義など、アイデンティティが脅かされ、もっとよい選択肢が見つからないときの逃避先になる主義を奉じるのかという選択である。」と述べた。

ここから伺えることは自らが長年主導した市場資本主義の勝利宣言の本書でグリーンスパンが歴代政権での強調したことは、「市場資本主義の力の再発見」である。

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