「解体 国際協力銀行の政治学」 草野 厚 著
~国際協力銀行の暗部を内部文書を根拠に描く~
その一節は、こともなげといった風を装って、「平壌宣言」のなかに挿しこまれていた。2002年秋、小泉首相が平壌を訪れて署名した誓約には、国交を正常化する交渉を早期に再開し、経済協力の規模と内容を協議すると謳っている。核・ミサイル問題には一応触れているが、拉致という言葉は見当たらない。にもかかわらず、対北援助の道筋だけは明快に示されている。
「民間経済活動を支援する見地から国際協力銀行等による融資、信用供与等が実施されることが、この宣言の精神に合致する」
日本側は、具体的な金額は示さなかったというが、北朝鮮側は、数年間で一兆円規模を日本から引き出そうとしていた。6千億円前後という北朝鮮のGDPを考えれば、いかに巨額か分かるだろう。だが無償資金協力、円借款、技術協力をいくら積みあげても、彼らの要求は満たせない。その果てに持ち出されたのが国際協力銀行という打出の小槌だった。
草野厚は『解体 国際協力銀行の政治学』の筆を執ることで、日本輸出入銀行と海外経済協力基金の政略結婚で誕生した国策銀行の聖域に分け入っていった。その矛盾ゆえに再び解体されていく政治プロセスが克明に描かれている。政府開発援助の情報は一応公開されている。だが国際協力銀行は、郵便貯金などを原資としながら、民間への融資であることを理由に内容を公表しようとしない。それが政治の介入を招き、恣意的な融資を生む温床になっている実態が内部文書を根拠に明らかにされる。
このような草野の論述がかつて合併に反対した旧基金側に偏していると旧輸銀関係者は反発している。だがこうした批判も、納税者が誰ひとり認めていない「融資が平壌宣言の精神に合致する」という一節の前には虚ろに響くばかりだ。
週刊「東洋経済」2007年2月10日号 「Books in Review」 掲載