トランプが消えた共和党に超保守派が台頭する
ドナルド・トランプは、二十一世紀のアメリカが生んだ「結果」であって、「原因」なのではない。
「アメリカ版ものづくり産業」は、近年、中国の攻勢にさらされ、ラストベルト地帯では職を失うのではと不安に怯えた白人労働者層の不満が沸点に達しようとしていた。4年前の選挙で、トランプはそんな白人労働者層の心を鷲掴みにして、ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルバニアといった民主党の地盤「ブルーステート」を席巻し、ホワイトハウス入りを果たしたのだった。トランプの勝利が超大国アメリカを一挙に保護主義に傾かせた――東アジアからはそう見えるかも知れないが、それは「アメリカ版ものづくり産業」の凋落の結果なのである。
それゆえ異形の大統領、トランプは、岩盤支持層の思いを「アメリカ・ファースト」の一語に込めたのだった。自由の理念を掲げる西側同盟諸国のリーダーであり続ける余裕もなかったのだろう。アメリカの国益を剥き出しで追求し、同盟諸国にも駐留経費の増額をなりふり構わず要求したのだった。
かつて東西冷戦が熾烈に戦われるなかにあって、アメリカは、通商の分野では、日本などの同盟国には自国の市場を鷹揚に開放し、アメリカ製品が同盟国の市場から締め出されている現実を敢えて見過ごしてきた。その恩恵に最も浴していたのがわが日本であり、これこそが日本の高度経済成長を支える背景となった。アメリカは、自らの国益を犠牲にしながら、冷たい戦争に勝利するため、日本など同盟国をこうして繋ぎとめていたのである。
こうした冷戦期の構図は過去のものとなり、トランプも表舞台から去りつつあるが、バイデン政権となっても「アメリカ・ファースト」の潮流は変わらないだろう。アメリカの製造業は、新興の製造業大国、中国の攻勢に依然としてさらされており、辛くも「ラストベルト地帯」を制した民主党もまた「昨日の産業」で働く白人労働者層の声に耳を傾けざるを得ないだろう。
だが、いまのアメリカは、「昨日の産業」にしがみついてなどいない。戦後のアメリカを永く取材現場で見てきた者の立場からいえば、素顔のアメリカは遥かに精強で成長力に富んでいる。かつての「移民と奴隷の国」は、巨大なエネルギーを湛える「多民族国家」に変貌しつつある。途上国から多様な人材を迎え入れ、インターネットの先端技術を駆使しながら、世界に先駆けて新たな社会システムを創り出しつつある。実際にハイテク分野や宇宙・通信の分野では、世界に冠たる存在だ。競争相手はすぐ迫っているが、相対的にはなお先頭集団にいる。
にもかかわらず、米国内では「超大国衰えたり」という意識が拡がっており、外交・安全保障政策にも影を落としつつある。「アメリカはもはや世界の警察官を務めるべきではない」という声が超党派で強まっているように見える。台湾海峡危機が次第に顕在化しつつあるなかで、バイデン政権も日・豪・印の力を糾合して、インド・太平洋でのアメリカのプレゼンスをいまこそ高める時なのだが、アメリカの納税者を説得するのは容易ではないだろう。
*
トランプ時代に終止符が打たれれば、アメリカは結束を取り戻す――こうした根拠なき期待は慎んだほうがいい。トランプという異形の政治リーダーが、アメリカの人種対立を際立たせ、国内の対立を深めてしまったことは紛れもない事実だ。「分かれたる家は立つこと能わず」と訴えたリンカーンの党を名乗りながら、北米大陸に深い亀裂を生んでしまった。建国以来、掲げてきた「自由と平等」の理念も綻び、西側世界の先導者の地位も揺らいでしまった。
今次の大統領選挙では、共和、民主どちらの陣営が「習近平の中国」により強硬かを競う戦いの様相を呈した。それゆえ、新たに発足する民主党政権の対中政策もまた中国に厳しいものにならざるをえないだろう。しかし、バイデン政権が真っ先に取り組むべきは、対中軍事力の増強ではない。強権国家に対峙するアメリカの理念の再建こそが急務なのである。
トランプという指導者はアメリカに癒やしがたい傷を残してしまった。巨大な軍を統御し、官僚機構を率い、連邦議会を操る能力に欠けていた。だが、トランプ後にやって来る共和党の保守群像は決してそうではない。ペンス副大統領、ポンペオ国務長官、ヘイリー元国連大使、コットン、ホーリィの両上院議員等は、巨大な国家組織と議会を動かす能力がある。アメリカ社会の秩序を維持し、中国とイランをいかに抑え込むか、という保守派の理念を実現する力量を持っている。彼らこそ超保守の本格派である。少数派の権利を擁護し、国家が庶民の暮らしに支援の手を差し伸べるべしと説く民主党のリベラル派とは相容れない。彼らは民主党の政敵を「社会主義者」と呼んで対決姿勢を増々露わにしていくだろう。
今度の選挙でも、トランプ支持の「レッドステート」とバイデン支持の「ブルーステート」は真っ二つに引き裂かれ、「二つのアメリカ」がいよいよ際立った。一九六四年の大統領選挙では、民主党のジョンソン大統領に共和党の強硬派ゴールドウォーター上院議員が挑んで大敗した。だが「ゴールドウォーターの戦い」こそ、北部の産業・金融資本に支えられた共和党の地盤を南部諸州の草の根に拡げ、いまも保守派の理想的指導者として尊敬を集めるロナルド・レーガンの政権を誕生させる序曲となった。トランプもまたゴールドウォーターと同じ役割を担ったのである。次に来る超保守派の一群は、トランプのようなポピュリストとは一線を画し、超保守の理念を掲げてアメリカの分断を深めるだろう。そうなれば、アメリカは、あの「リンカーンの国」の理念から遠く隔たり、深い亀裂を抱える国に変貌してしまうだろう。