「日米新政権は東アジア安保に新たな一歩を」
バイデン次期大統領は、菅義偉総理率いるニッポンの優先順位を落としつつあるのではないか――総理官邸も外務省もそんな焦りを募らせているように見受けられる。バイデン次期大統領は、トランプ大統領が頑なに敗北を認めないなか、バイデン外交を始動させつつある。
まずは隣国カナダのトルドー首相に電話をかけ、続いてイギリスのジョンソン首相、ドイツのメルケル首相、フランスのマクロン大統領と相次いで電話会談を行い、首脳外交を実質的にスタートさせた。
だが、東アジアで最重要の同盟国、日本の菅義偉総理との電話会談は12日以降に先送りされてしまった。安倍前総理がトランプ大統領と際立って良好な関係を保っていたのに対して、ヨーロッパの主要国のリーダーたちは、時にトランプ大統領と鋭く対立してきた。このため、バイデン次期政権の外交を担う専門家たちは、ヨーロッパ主要国の首脳とまず接触し、大西洋を挟む欧州主要国のリーダーから信認を取り付ける。それによって国際社会でもバイデン勝利を印象付け、民主党政権の基盤を揺るぎないものにしようと目論んでいるのだろう。
4年前のアメリカ大統領選挙の直後には、当時の安倍総理が電撃的に訪米し、トランプ次期大統領と異例の会談を成功させた。そして「シンゾー・ドナルド」の信頼関係をいち早く築きあげたのだった。安倍総理はその足でペルーの首都リマで行われたAPEC首脳会議に乗り込んでいった。
各国に先駆けてトランプ・タワー会談を実現させた安倍総理に会議に集った各国首脳たちは熱い視線を注いだという。次期大統領と膝を交えて話し合い、首脳たちの人物譚まで披露し、トランプ氏の首脳外交の指南役まで務めたのだから、誰しもが競って安倍総理の話を聞きたがった。こうして築きあげた「シンゾー・ドナルド」の絆は、その後の安倍政権にとって最大の外交的資産となった。初めての米朝首脳会談の開催場所は、板門店ではなくシンガポールにすべきだと進言したのもトランプ氏の盟友、安倍総理だった。
じつはいち早く菅側近の阿達雅志参議院議員を訪米させて、安倍・トランプ会談の可能性を探らせたのは、当時の菅義偉官房長官だった。それだけに、トランプ氏の敗北は菅内閣にとっては痛手だったろう。菅総理自身も官房長官時代にワシントンを訪れて、ホワイトハウスでマイク・ペンス副大統領と会談し、共和党政権との絆を強めてきた経緯がある。
在ワシントンの日本大使館は、選挙期間中からバイデン氏の外交アドバイザーたちに接触し、民主党人脈の開拓に努めてきた。だが、すべてはこれからと言っていい。
「民主、共和両党のどちらの政権が日本にとっていいのか」。日本の政界だけでなく経済人からも繰り返し同じ質問を受ける。だが、永年、ワシントンに暮して日米同盟の最前線に身を置いてきた経験から言えば、日本にとってどちらの政権がいいのかなどと心配する時代はとうに過去のものだと思う。
結論を先に記せば、インド太平洋に攻勢を強める中国の前浜に位置する戦略上の要衝ニッポンを粗略にして、アメリカの東アジア戦略はもはや成り立たない。バイデン政権の外交・安全保障政策を担う当局者たちは、誰しも日米同盟の重みを知り抜いているはずだ。
2020年の米大統領選挙戦は、共和、民主どちらの党が、習近平の中国により強硬かを競う戦いとなった。バイデン政権が発足してもこの基調は変わらないだろう。アメリカが「敗北宣言」なき政権移行を余儀なくされ、大統領権力の中枢に巨大な空白が生じたとみるや、「習近平の中国」は、その隙を衝いて東アジア海域で更なる攻勢に出ている。
台湾海峡の制空、制海権を窺がうべく、台湾の防空識別圏に多数の中国軍機を飛ばしつつある。そして、尖閣諸島の周辺に海警察局の艦艇を出没させているだけではない。中国当局はこのほど「海警局の艦艇が管轄する海域で外国船が命令に従わない場合は武器の使用を認める」という法律の草案を明らかにした。「海警局の艦艇が管轄する海域」とは、中国側が恣意的に定めた領域で武力行使をするという意思表示に他ならない。彼らの行動を取り締まる「外国船」すなわち日本の艦艇に武器を使用していいと認める危険な法律に他ならない。
アメリカの政権移譲が滞れば滞るほど、東アジアの安全保障の砦となってきた日米同盟には綻びが目立つことになる。「開かれたインド太平洋」構想は、日本・アメリカ・オーストラリア・インドによる対中同盟によって具体的に下支えする時を迎えているのである。
そのためには、菅・バイデン首脳会談を早期に開催して、尖閣諸島に日米安保条約を適用し、日米両国の防衛範囲とすることを改めて確認することが急務だろう。そのうえで、台湾問題の平和的解決を求める姿勢を日米の両首脳が鮮明にし、台湾問題を武力で解決してはならないことを闡明すべきだろう。日米同盟は、朝鮮半島の有事だけでなく、台湾海峡の有事に備える平和の盟約である。菅・バイデン両首脳は、いまこそ揺るぎないメッセージを北京に向けて発する時なのである。