手嶋龍一

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新春対談 日本海インテリジェンス~北陸⇄北朝鮮

大陸に開いた「窓」となれ

■揺れる海~扇の要の地から

●ローテクの強さ

手嶋氏 新しい年は、光り輝くものであれと願っていますが、日本海をめぐる国際政局は動乱の兆しが随所に感じられます。この冬場も北朝鮮の木造船が漁場へ押し寄せ、石川県の珠洲にも漂着船が流れ着きました。だが、変事は日本海に新しい扉を拓くチャンスです。
佐藤氏 こうした一連の動きの背後には、明らかに国家の意思が働いていると考えるべきでしょう。数年前には、これだけの数の木造船はやって来なかったのですから。
手嶋氏 北朝鮮の漁民たちは、日本海の好漁場「大和堆」を含む日本の排他的経済水域(EEZ)内に続々と侵入しています。彼らの中に工作員も紛れ込んでいるのでしょうか。
佐藤氏 北の船が増えているなら、工作員を潜り込ませる「分母」がそれだけ大きくなっているのです。当然、漁民に紛れて工作員が日本の領土にも侵入しやすくなります。
手嶋氏 木造船は夜間、日本の新鋭レーダーに引っ掛からないのでじつに厄介ですね。
佐藤氏 ローテクにはローテクなりの強さがあります。さらに、帆船で大量に工作員を送り込まれでもしたら、もっと怖い。今の日本の沿岸警備態勢では対応できませんよ。

●経済で「脱構築」

手嶋氏 日米の首脳は北朝鮮に「最大限の圧力をかけている」ことで完全に一致したとしています。究極の圧力は軍事力の行使ですから、38度線を挟む軍事衝突の危険は付きまといます。ひとたび有事となれば、想像を絶する犠牲者が出ることも覚悟しておくべきです。
佐藤氏 もしそんな事態になったら、製造業も何も東アジアから逃げてしまい、東アジア経済に甚大な被害を及ぼします。金沢を訪れる外国人観光客もみな消えてしまいます。そうした事態を未然に防ぐことこそ、外交の責務であり、インテリジェンスの力の見せどころです。
手嶋氏 ただ圧力をかけていくだけでは、北の暴発を招く恐れもあります。
佐藤氏 「譲歩」と言うと屈辱的に聞こえるかもしれませんが、「譲歩」はじつは強い側しかできないのです。核戦争を避けるためには、とりあえず譲歩して、交渉に誘い込むことも時に必要です。売り言葉に買い言葉では北朝鮮が暴発してしまう。最悪のシナリオです。
手嶋氏 そう、北朝鮮の核は、日韓だけでなく、中国とロシアにとっても脅威なのです。日・米・韓の包囲網に、プーチンと習近平も引き込み、北朝鮮を孤立させ、隔離させないといけません。中国に北の核を制御させ、管理させる。困難でも、これが事態打開の核心です。
佐藤氏 その通りです。そして、現在の緊張が緩んだ後に、北朝鮮との経済的な相互依存関係をつくることが、長期的には正しい戦略になります。
手嶋氏 国際社会の市場経済に北朝鮮を巻き込んでしまうことが大切です。
佐藤氏 例えば、日本とロシアで、レアアースの掘削なり、家電製品の組み立てなりの合弁企業をつくって、北朝鮮へ出て行けばいい。韓国とも経済関係をもっと深めることで、日本が日本海で主導的な位置を占めることができる。向こうで日本の企業が利益を追求できる枠組みを、政治が主導してつくればいいのです。
手嶋氏 そうしたあかつきには、日本海を挟んで北朝鮮と向き合う「扇の要」の北陸、石川の戦略的地位が一段と高まります。
佐藤氏 北朝鮮を経済の力、総合力で「脱構築」する。大陸に最も近い北陸は、その戦略拠点となり、イニシアチブを握れるはずです。

■金沢の対岸で~トロイツァ三国志

●「だまされた」プーチン

手嶋氏 金沢港や富山伏木港から日本海の対岸を望む真正面に位置しているのが、極東ロシアの要港ウラジオストク、さらに中朝国境に接するトロイツァ港です。北朝鮮との国境に広がるこの重要港湾に今、各国のインテリジェンス機関の熱い視線が注がれています。
佐藤氏 この一帯には、ロシア領を含めてもともと多くの朝鮮民族が住んでいました。それをスターリンが1939年、「日本のスパイになる可能性がある」として、中央アジアに強制移住させた。ロシアはその後、名誉回復も帰還も認めないまま、今日に至っています。
手嶋氏 プーチンは北朝鮮にぐんと歩み寄るポーズをとっており、戦略物資もこの露朝国境から密かに流れていると指摘されています。旧ソ連、それを継いだロシアと北朝鮮の関係は、複雑怪奇で外からは容易に窺い知れません。
佐藤氏 意外と忘れられていますが、旧ソ連・ロシアの元首で、最初にピョンヤンを訪問したのは、実はプーチンなんです。旧ソ連の歴代書記長は、北朝鮮には行っていない。
手嶋氏 同じ社会主義国なのにちょっと意外な感じがしますね。両国の込み入った間柄が伝わってきます。
佐藤氏 金正日はかつてプーチンの側近に「北朝鮮は核開発の能力も意思もない」と明かし、プーチンはそれを信じて、アメリカ側に伝えて。それが今やこのざまですから、プーチンは「大恥をかかされた、この自分をだますとは太いやつだ」と、今も北朝鮮を許していません

●「運河を」中国の野望

手嶋氏 中露関係が本質的に冷ややかだとすれば、その隙をついて中国が割り込んで来ようとするでしょう。トロイツァ港の内陸、ほんの数㌔(要確認!)向こうは、もう中国領です。中国が運河を掘削して日本海に出口を求めようとすれば、今の土木技術なら1年半あれば足りるとされています。
佐藤氏 中国がロ朝国境に運河を掘ろうとしても、ロシア側はなかなか「うん」と言わないでしょう。ただ北朝鮮なら、中国との安全保障体制を強化できるのなら、と状況次第でゴーサインを出す可能性があります。
手嶋氏 日本海はロシア、北朝鮮、韓国、日本に取り囲まれている「戦略の海」ですが、ここに海洋強国を呼号する中国が加われば、その重要性は一段と高まります。新しい年、日本海の安全保障を考える上で、中国という「新参のプレーヤー」は見落とせません。

■中東から寄せる波~世界は「複雑系」

●エルサレムの衝撃

手嶋氏 「2017年12月6日」は、「テン・ポイント」の活字で歴史に刻まれることになるでしょう。動乱の兆しに満ちた2018年の幕開けを告げるものでした。
佐藤氏 この日、トランプ米大統領が、エルサレムをイスラエルの首都として認めると宣言し、米大使館の速やかな移転を言明しました。
手嶋氏 その余波は日本海には及ぶまいと考えるのは早計です。今後の朝鮮半島情勢に少なからぬインパクトを与えることになる――近未来を言い当てることを責務にするインテリジェンスのプロフェッショナルなら誰しもそう答えるでしょう。
佐藤氏 米国は本来超大国として、東アジアと中東に大きな影響力を行使していなければいけません。しかし、今回の「トランプ声明」で中東情勢が不安定化すれば、東アジアに大きな空白が生じかねません。北はその隙を衝いて攻勢に出る可能性があります。
手嶋氏 アメリカ国内でも「ロシアゲート」疑惑の捜査がヤマ場を迎えるなか、中東で大乱が起きれば、世界の眼は中東に注がれてしまいます。「ゲームチェンジ」を図りたいというトランプの思惑も見え隠れしています。

●バタフライ効果

佐藤氏 トランプは期せずして日本のお株を奪って「地球儀外交」をしている。中東のように、利害関係が大変込み入った地域では、わずかな初期値の違いが、遠く離れた地に大きな、時に思いもよらぬインパクトをもたらします。今の国際情勢は「複雑系」なんですよ。
手嶋氏 「アマゾンで一匹のチョウがはばたいたら、米国で竜巻が起きる」。バタフライ効果ですね。
佐藤氏 その中でトランプは、揺さぶれば「ディール(取引)」に持ち込める、歩きながら考えよう、という姿勢で発言し、行動している。これまた「複雑系」の発想なんですね。
手嶋氏 2018年、中東で生じた波紋が日本海にどんな「荒波」となって押し寄せるのか。インテリジェンスのアンテナを高く掲げて微かなシグナルを聞き分けなければなりません。

■大陸に窓を開け~人、書、情報が出入りする

●敦賀へ

手嶋氏 2023年には、今は金沢止まりの北陸新幹線が敦賀まで延びることになります。地図を開いてみると敦賀の対岸はもう雄大なユーラシア大陸です。
佐藤氏 今はあまりその残り香はないですが、敦賀は昔から、連絡船で大陸と結ばれた国際港湾都市でした。 手嶋氏 杉原千畝が発行した「命のビザ」を手に、ナチスの迫害を逃れて欧州を脱出したユダヤ難民、「スギハラ・サバイバー」も、ウラジオストクからこの敦賀に上陸しました。
佐藤氏 戦中、敦賀だけは特高警察の検閲がゆるく、ロシア語の書物が比較的国内に入りやすかった、という話もあります。
手嶋氏 それは、意図的にそうしていたのでしょうか。
佐藤氏 そういう側面もあったかもしれません。おそらく敦賀には、ロシア語を解し、書物の内容まで分かる検閲官がいたんでしょう。他の港なら「ロシア語だからダメだ」となるが、そうはならなかった。

●さまざまな「試し球」

手嶋氏 まさに、大陸に向けて開かれていた「窓」だったわけですね。戦後も、新潟や金沢、富山伏木には、北朝鮮の万景峰号が入港していました。その一方で日本海を挟んでいまわしい拉致事件も起き、まさしく「戦略の海」だったのです。
佐藤氏 拉致問題を解決するためには、日本政府の出先機関をピョンヤンにつくることです。正しい情報も誤った情報も入ってきますが、そもそも情報を遮断していては解決のきっかけすらつかめません。
手嶋氏 拉致被害者として認定されていませんが、石川では、能登沖で行方不明になった後、ピョンヤンで暮らし、一時帰国した寺越武志さんのようなケースもあります。
佐藤氏 寺越さんは一度限りの極めて特異なケースですね。ただ、北朝鮮も日本との「窓」を完全に閉ざそうとはしていないのです。一時帰国を含めた、さまざまな「試し球」をこちらへ投げてきている。それを的確にキャッチし、機敏に応えるべきなんです。
手嶋氏 日本政府は、アフリカ諸国などに「北朝鮮との外交関係を絶て」と呼び掛けていますが、佐藤さんが指摘した柔軟な戦略とは逆行しているように見えます。
佐藤氏 あれは「内政干渉だ」との反発を生むだけで、何の効果もありません。圧力一辺倒ではなく、日本海越しの対話のチャンネルを確保すべきです。

■海越しにボディーを打て~今はまだ3回裏

●北朝鮮の合理主義

手嶋氏 2018年は「日米対北朝鮮」のせめぎ合いはどう動いていくと読んでいますか。
佐藤氏 この対決を野球に例えるなら、今はまだ3回裏でしょう。北朝鮮が5点を取り、なおも無死満塁で攻撃中といったところですか。それだけにこのピンチは、なんとしてでも切り抜けなければいけません。
手嶋氏 日米から5点を奪った北朝鮮の強さは、まさしく「非対称」にありますね。
佐藤氏 そう、日米は、個人主義と生命至上主義、合理主義という三つの価値観を共有しています。「命令されても嫌なら断れる」のが個人主義、「何より大切なのは命」という生命至上主義。三つのうち、北朝鮮にはこの二つが抜け落ちています。
手嶋氏 合理主義だけはかろうじてある。確かに、独裁国家の目的のためには、人の命さえ合理的に使って成し遂げる、という点ではそうですね。
佐藤氏 イスラム国(IS)も同じですが、だから強いのです。彼らへの対抗手段は、相当に限られてしまいます。それでも、長い目で見れば、われわれの側の市場主義、自由主義は強いから、9回まで戦えば必ず勝つ。そこは安心していいと思います。

●欲望は強し

手嶋氏 そうすると、今の3回裏のピンチを切り抜けた後、4回、5回という中盤は、北朝鮮との経済関係を強め、内側から切り崩す布石を打つ局面に入っていくことになります。
佐藤氏 金日成の論文に「市場を開放すると、経済だけでなくカやキンバエが入ってくる」という一節があります。市場経済が入ってくれば、国民の欲望を統制できなくなり、体制は崩壊してしまう。そのことを金日成は分かっていたんですね。
手嶋氏 欲望はイデオロギーよりも強し、ですか。
佐藤氏 ロシアは、ソ連崩壊を経験していますから、その辺りをよく分かっています。
手嶋氏 プーチンは、北朝鮮の壊し方、壊れ方をよく知っている。その意味で「ロシア・カード」はますます有効ということになります。
佐藤氏 市場経済化が、北朝鮮の体制にはボディーブローのように効いていく。日本海を越えて北朝鮮の工作員が入ってくるのとは逆の流れで、北陸からも、工作員ならぬ、経済協力のための要員を積極的に送り込もうではありませんか。

北國新聞掲載

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