日米真珠湾会談: 陰の主役はトランプ次期大統領
日本の安倍晋三首相とアメリカのバラク・オバマ大統領は、12月26、27両日、日本の空母機動部隊が真珠湾の米海軍基地を奇襲し、太平洋戦争の先端を開いたハワイ・オワフ島を揃って訪れて犠牲者を慰霊し、首脳会談を行う。今年5月、オバマ大統領が被爆地、広島を初めて訪れたことを受けて、日本の首相による初めての真珠湾訪問が実現する。
日米同盟に新たな局面を拓くことになる真珠湾会談には陰の主役がいる。ドナルド・トランプ次期アメリカ大統領だ。超大国アメリカに誕生したトランプ政権。この衝撃こそ太平洋戦争の起点となった真珠湾に日米両首脳を赴かせる見えない力として働いたのである。
安倍首相は12月17日、ニューヨークのトランプ・タワーにトランプ次期大統領を訪ねて予定時間を大幅に超え、一時間半にわたって会談した。政権移行期の次期大統領が外国の首脳と会うことは慣例としてほとんどない。現職大統領がいるなかで、非公式とはいえ、首脳外交を行えば国家の外交が二元化してしまうからだ。それだけに安倍・トランプ会談はきわめて異例のものとなった。日本の外交当局者が次期大統領の娘婿ジャレット・クシュナー氏に働きかけて実現した。会談ではトランプ次期大統領は終始聞き役に徹し、ロシアのウラジミール・プーチン大統領ら各国首脳と膝詰めで渡り合ってきた安倍首相の人物評にじっと聞き入ったという。
安倍首相はトランプ・タワー会談を終えてAPEC首脳会議が開かれる南米ペルーの首都リマに飛んだ。11月20日のことだった。会議場に居合わせた日本政府関係者は、オバマ大統領の安倍首相への対応は冷ややかだったという。現職大統領をないがしろにしたことに不快感を隠さず、視線をことさら合わそうとしなかった。こうした雰囲気では首脳同士は言葉を交わさない。だが、安倍首相には期するところがあったのだろう。機会を窺ってオバマ大統領に近づき、真珠湾訪問を切り出した。これに対してオバマ大統領はこう釘を刺したという。
「パールハーバー行きが強制されるようなものであってはなりません」
安倍首相は去年のアメリカ議会でのスピーチの時から真珠湾訪問を実現したいと考えきたと伝え、オバマ大統領もならば自分も同行すると応じたという。
オバマ大統領の広島訪問から今回の物語は始まった。原爆投下の謝罪と受けとられかねない――。第二次世界大戦に従軍した退役軍人を中心にこうした声が依然根強く、現職大統領の広島訪問は容易に進まなかった。こうしたなかでオバマ大統領を初めて広島に赴かせ、歴史的な「ヒロシマ・スピーチ」を決断させたものとは何だったのか。
逡巡するオバマ大統領の背中を押したのは、8年ぶりにホワイトハウス奪還を目指す共和党の有力候補トランプ氏の過激な言動だった。トランプ氏はニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで「日本や韓国が、北朝鮮の脅威に曝されているなら、自分の国は自分で守ればいい。そのためなら核兵器を持ってもいい」と述べた。東アジアでは日本に、ヨーロッパではドイツに独自の核兵器を委ねない。これこそが、共和、民主の両党の違いを超えて、戦後の歴代アメリカ政権の本音だった。トランプ氏の核武装容認論にオバマ大統領が強烈な危機感を覚えたことは複数の側近が証言している。日本の核武装は、やがてドイツの核武装を惹起し、サウジアラビアやイスラエルの核を顕在化させてしまう。こうした危惧がオバマ大統領を初めての広島訪問に傾かせていった。
オバマ大統領の広島訪問を受けて行われる安倍首相の真珠湾訪問。ここにもまたトランプ新政権の誕生が影を落としている。トランプ次期大統領は選挙期間中にウィスコンシン州ミルウォーキーで演説し、日本の防衛政策を手厳しく批判した。
「日本もアメリカを防衛する義務を負うべきだと要求したなら、日本の人々はきっと断るはずだ。それじゃ交渉は決裂だと言えば、日本は必ずやアメリカ防衛を受け入れてくるはずだ」
このトランプ発言には二重三重の誤りが埋め込まれている。世界の命運がかかっている安全保障の世界は、トランプ流のビジネスのディールなど通用しない。日本は世界第三の経済大国として、東アジアの秩序の維持により大きな責務を果たしていくべきだ。だからと言って、アメリカ国民が本当に望むかどうか定かでない本土防衛を担うべきなのか。そして日本に駐留するアメリカ兵の給料まで日本が負担して「傭兵」としてよいものか。全てを変えるには、日本国憲法を根底から改正しなければならない。日本の安全保障のあり様を急激に変えてしまえば、その過程で反米ナショナリズムを台頭させかねない。オバマ大統領のヒロシマ・スピーチは、日米両国に伏流する危うい潮流を意識して、日米の同盟関係を単に軍事的なものとせず、民主主義という共通の理念に礎を置くべきだと説いている。
「アメリカと日本は単に同盟だけでなく、私たち市民に戦争を通じて得られるよりも遥かに多くのものをもたらす友情を築いた」
安倍首相は、2013年12月、靖国神社の参拝に踏み切った。この時、靖国参拝にもっとも強く反発したのは、意外にもアメリカのオバマ政権だった。
国務省声明による対日批判に、中国、ロシア、EU、韓国、北朝鮮などが追随した。この時、瞬時に形づくられた対日包囲網。それは、第二次世界大戦の構図そのものだった。それこそ、海洋大国を掲げて南シナ海へ、東シナ海へと競り出す中国にとって、これ以上は望めない風景だったのである。安倍内閣はこうした外交的苦境から脱して、日米同盟を再び安定軌道に戻さなければならなかった。これにどれほどの外交的エネルギーを使い果したことだろう。日米和解のひとつの到達点は、2015年4月29日のアメリカ議会での安倍スピーチだった。安倍首相は、首都ワシントンのフリーダム・ウォールの壁面に埋め込まれた第二次世界大戦の戦没兵士の4千を超す星々に触れてこう述べた。
「その星ひとつ、ひとつが先の戦陣に斃れた兵士百人の命を表すと聞いたとき、私を戦慄が襲いました。金色の星は、自由を守った代償として、誇りのシンボルに違いありません」
安倍首相はこのスピーチを通じて、日米同盟はなによりも自由と民主主義を共通の基盤とする「理念の同盟」であることを訴え、議会の共感を勝ち得たのである。そして4年間に及んだ安倍・オバマ時代の掉尾を飾る会談を真珠湾で行うことで「理念の同盟」を揺るぎないものにしたいと願った。それはとりもなおさず、トランプ次期大統領との間で、共通の理念を確かめきれずにいることの反映に他ならない。いまこそ、太平洋同盟の基礎を踏み固めておかなければ――。日米の二人の首脳の思いが図らずも一致したのだろう。