手嶋龍一

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開示されぬTPP交渉の内実~官僚が国家機密独占

 政府側によって真黒く塗りつぶされた資料を振りかざし、環太平洋連携協定(TPP)交渉の内実を公表せよと迫る野党議員。これに対して安倍首相ら閣僚側は「秘密を厳守すると約束して交渉に臨んだのであり、協議のプロセスは明かせない」と突っぱねた。野党側は納得せず、西川公也衆議院特別委員長が出版予定の内幕本のゲラを示して、国権の最高機関になぜ情報を開示できないのかと追及した。会議は踊る、されど進まず――。

 安倍政権は当初、今の国会でTPP法案の成立を目指していた。だが国会の会期は延長しない方針を固め、TPP法案は早々と先送りされてしまった。強行突破を図れば参議院選挙へ悪影響が出ると懸念したのだろう。

 一方、アメリカの議会もTPP協定の承認を大統領選挙後に先送りする情勢だ。協定の推進役を担ってきた日米両国の審議の遅れはTPPの船出に影を落としている。

 21世紀初頭のアジア・太平洋地域には巨大な交易圏が誕生しつつある。その中核を担うTPP交渉の過程をどこまで公表すべきか。今回のように秘密保持契約があるケースでは各国とも議論が尽きない。だが日本の場合、問題の本質はもっと深いところにある。

 日本の外交当局者は機微に触れる情報を政治家には伝えたがらない。政治家は機密をメディアに漏らすと恐れているからだ。国会では答弁は原則として閣僚が行うが、想定問答は官僚が用意する。これでは、野党側がいくら閣僚に情報の開示を求めても意味がない。主権者から選挙で選ばれた議員、そして閣僚が官僚機構を統御することなど叶うまい。

 TPP交渉を率いた甘利明前TPP担当相は例外的に交渉の核心をほぼ把握していた。その人が口利き疑惑で閣外に去ったため、答弁に立つ関係閣僚は肝心の交渉過程など何程も知りはしない。野党が情報なき閣僚をどう追求しても真相は明らかにならない。政治家の責務は官僚組織が内蔵している機密を吸い上げることにあるのだが、日本の現状は国際基準に遥かに及ばない。

 じつは旧民主党は、政権にあった時代に国家機密のパンドラの箱を開けようとしたことがある。沖縄返還にあたって日米首脳が取り交わした核持ち込みの密約の有無を明らかにしようとした。当時の岡田克也外相は、第三者委員会を設けて機密の闇を照らし出そうと試みた。

 しかし、大山鳴動して鼠の尻尾すらつかめなかった。外務当局は有事に核を持ち込む密約などないという姿勢を崩さず、民主党政権も当局の見解を受け入れてしまった。しかし有事の沖縄への核兵器の持ち込みの密約は裏付けの文書も現存し、米側の公開文書とも符合する。不思議の国ニッポンでは官僚が国家の機密を独占して政治家の頭上に君臨している。



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