手嶋龍一

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「新日本海時代の到来とニッポンの針路」

海の流通革命、北極海航路

 “東アジアの時代”にあっては、日本海に面する富山県は絶好の戦略的位置にある。伏木富山港から遥か彼方の北方に新たな海の道が開かれようとしているからだ。ヨーロッパから北極海を通り、日本海へと抜ける「北極海航路」がいま、21世紀の「海の流通革命」を起こそうとしている。
 北極海はこれまで厚い氷に覆われ、強力な砕氷船なしでは航行できなかった。だが地球温暖化によって海氷が減少し、通航が現実のものになってきた。スエズ運河やマラッカ海峡経由に比べて、距離は3分の1ほどに短縮され、燃料も50%ほど節約でき、燃費は半減する。輸送コストが飛躍的に安くなるのである。北極海には天然ガスや希少金属などの地下資源も埋蔵されており、新しい航路が開かれれば輸出に弾みがつく。極北の航路が開かれると、欧州、ロシア、アメリカ、カナダなどから大量の物資が東アジアに向けて直接輸送される。マラッカ海峡やソマリヤ沖のように海賊が出没する危険もない。自由で安全な航路の出現は、多くの船団に北極海航路を選ばせるだろう。現実にデンマークやノルウェーの耐氷荒積みタンカーは、ロシアのムルマンスク港からベーリング海峡を経て、中国へ航行を試みている。2年前には北極海を経てアジアにやってくる船は年間4便ほどだったが、今年は7月現在でも34便と、10倍以上に増えている。北極海航路は伏木富山港の価値をぐんと高めることになろう。

海洋進出、動き活発

 ロシアは今年9月に開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議を沿海地方のウラジオストクで開催する。プーチン大統領率いるロシアは、ウラジオストクこそ世界経済の推進エンジンである東アジアへの玄関となると読んでいるからだ。ロシア極東地域は700万人、一方、国境を接する遼寧省など東北3省は3億人を抱えている。この非対称な人口密度のゆえにロシア側は一種の戦略的な空白が生じていると警戒する。中国に対抗するため、プーチン政権は西側資本と連携し、広大な農地を活用する新しい農業プロジェクトを立ち上げている。
 一方の中国も、海洋への進出を急ぎ、南極観測用に開発した極地砕氷船「雪龍号」を北方に振り向け、ヨーロッパから北極海を経て中国に向かわせる。そんな中国も日本海への出口がないのが弱点だ。ロシア領で最も南に位置するトロイツァ港まで中国領は15㌔と迫っている。中国は許されるなら資金力にものをいわせて大地を掘削し、海への出口を探りたいのだろう。だが、日本海の戦略的価値を知るロシアは簡単に中国に港を贈ったりはしまい。
 「真珠の首飾り」。いま戦略専門家たちがしばしば口にするキーワードだ。パキスタン、インド、スリランカ、バングラディシュ、ミャンマーの主要港を首飾りのようにつないでみると、中国にはそれぞれが真珠のように輝いている。いまや世界最大の生産工場となった中国にとって、石油や原材料を運ぶシーレーンを背後から支える重要港だからだ。とりわけパキスタンのグワダル港はホルムズ海峡まで500㌔。インド洋への影響力を強めたい中国にとっては、もっとも魅力的な港だ。大型タンカーが接岸できる天然の良港であるばかりではない。昨年9月、中国初の航空母艦「ワリャーク」が大連を出港し外洋に姿を見せた。将来、中国の空母機動部隊がインド洋に展開することになれば、艦船修理能力を持った港が必要となる。そんな中国にとってグワダル港はひときわ輝く真珠となる。それゆえ中国は思いきった資金援助をしてグワダル港の整備を進めている。20年、30年先の長期戦略を描きながら、アジアの国々は、将来の布石を打って凌ぎを削っている。

世界戦略のホットゾーン

 各国が海洋に眼差しを向けるなか、中国は尖閣諸島を「核心的利益」と表現する。伝家の宝刀を抜く覚悟で臨むというのだろう。中国は海南島から日本本列島に至るラインを「第一列島線」と呼び、その内側は内海だと主張して憚らない。尖閣諸島はその線上に位置するホットゾーンなのである。それだけに日本としては、この戦略上の要衝をどれほど強い覚悟で守る決意があるのかと、中国側は瀬踏みをしてきている。かつては圧倒的な力を誇るアメリカの第7艦隊に頼っていればよかったが、アメリカの力にも陰りが見え始めている。東アジアの大国、日本は、東アジアの新たな潮流を見極め、自力で針路を切り拓く時代が到来しつつある。



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