手嶋龍一

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「私ならこうする!尖閣防衛私案」

 石原都知事の「尖閣購入」発言のインパクトを軽くみてはならない。講演先の米ワシントンで唐突に打ちあげたように見えるが、じつによく考え抜かれたものだった。日中関係に“巨石”を投じたこの発言は、単に国境の島を自治体が買いあげると言っただけでなく、ドスのような鋭い指摘を孕(はら)んでいた。鍵は、「国が買い上げると中国が怒るから外務省がビクビクしている。東京が尖閣諸島を守る」というくだりにある。これは、条約の解釈を独占して絶大な権力を誇る外務省の“条約官僚”への挑戦に他ならない。
 外務省条約局(現・国際法局)は他国と結んだ条約や協定、さらには国際法を解釈・運用する「有権解釈権」を一手に握っている。その根拠は、外務省が「条約その他の国際約束及び確立された国際法規の解釈及び実施に関すること」をつかさどると定める外務省設置法にある。他省庁でこれほど強大な権限をもつ者はいない。“法の番人”とされる内閣法制局は憲法解釈を総理大臣に「助言」するにすぎない。また財務省の予算編成権も国会承認を必要とする。しかし“条約官僚”にはそうした枷(かせ)がなく、首相や外相に外務省の解釈をそっくり呑ませ、戦後一貫して日本外交の舵を握ってきた。 外務省は国際法から見ても尖閣諸島は日本固有の領土であり、「尖閣諸島に領土問題など存在しない」と主張。石原都知事はこれを「中国が怒るから」と国際法の条文に逃げ込んで、堂々と中国とやりあうことを避けてきたと指弾する。政治主導を掲げたはずの民主党も、そんな条約官僚にあっさり籠(ろう)絡(らく)された。その結果、国は尖閣諸島を現実的に防衛する準備を怠り、中国漁船衝突事件でも事なかれの対応に終始し、中国につけ入る隙(すき)を与えてしまった。石原発言は、尖閣問題の解決を誤らせている元凶こそ条約官僚だと断じて、外務省から外交の権限を奪取する“狼煙(のろし)”をあげたのだった。
 こうした石原都知事の発言に対して、温家宝首相が「(中国の)核心的利益と重大な関心事項を尊重することが大事だ」と発言して不快感を表わした。しかし、彼らは内心ではひそかにほくそ笑み、快(かい)哉(さい)を叫んでいるはずだ。石原発言は、「領土問題は存在しない」という日本外務省の建前をいとも簡単に吹き飛ばしてしまったからだ。老(ろう)獪(かい)な中国側は、これを機に揺さぶりをかけてくるだろう。事なかれの条約官僚。その意を汲んで石垣市が課税の調査に魚釣島へ上陸することを認めない総務省。法律の解釈に腐心する官僚に任せていては、もはや尖閣諸島は守れまい。
 中国漁船衝突事件の後、ヒラリー・クリントン米国務長官は「尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用範囲内」と言明して日本の側に立つ姿勢を鮮明にした。だが、アメリカに安易に寄りかかっていてはいけない。日米同盟は刻々と変質し弱体化している。これまで日本は、米が対日防衛の義務を遂行する見返りに在日米軍基地を提供してきた。だが普天間基地の移設が暗礁に乗り上げる一方で在沖縄米海兵隊9000人がグアム、ハワイ、オーストラリアに移転しようとしている。日米安保が片務的で不平等な条約体制になっては、日米同盟に大きな亀裂が生じてしまう。
 日本が進むべき道はひとつ。究極の有事には力の行使も辞さない構えを堅持しつつ、日米同盟を再構築することだ。そのためには、外務省の条約官僚に与えてきた特権を取り返し、眼前の現実に向き合おうとしない事なかれ外交と決別しなければならない。


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