手嶋龍一

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政治の危機、事態を悪化 指導者あるべき姿に

 地震と津波の被害は凄まじかったが、東電力福島原発の炉心溶融事故がなければ、東北の復興もいまとは随分違った風景になっていただろう。大地震と大津波に原発事故が追い打ちをかけてことで、かつて日本を襲ったいかなる大災害とも様相を異にする大惨事となってしまった。それゆえ、新らたな、大胆な発想で、被災地を中心とした地域社会の進むべき道を考え、今後の農業と農政の在り方を構想すべきだろう。
 昨年暮れ、『ブラック・スワン降臨』(新潮社)を上梓した。漆黒の羽をまとったブラック・スワンは、ありえないと思い込んでいた事態が現実になることの譬(たと)えだ。ブラック・スワンは、磐石に見えるものの内奥に巨大な空白が生じているとき、その軟らかい脇腹をついて突然降り立ってくる。原発を適切に管理する責務を負う東京電力の技術指揮官は、電源を喪った原子炉の炉心を冷やす初歩的な知識すら欠いていた。原発の安全は神話に過ぎなかったのである。一方で、当時の菅直人首相は些細な事故対応に迷い込み、全体を見通す意志決定から遠ざかっていった。事故現場も政治指導部も、神の火に例えられる原子力を制御できず、悲劇は深まっていった。
 いかなる災害も初動の24時間の対応が勝負の分かれ目となる。最高指揮官たる首相が下すべき決断は二つであったはずだ。まずいち早く非常事態を宣言し、首相自らが福島第1原発を廃炉にする覚悟の上で、大量の海水の注入を決定する。いま一つは原子力の制御に深い知見と経験を持つ米国、フランスそれにロシアに参加を要請して緊急国際対策委員会を立ち上げ、時に人員を借り受けて、人類が直面した危機に立ち向かう。この二つを初日に決断していれば、あれほどまで放射性物質の汚染は拡がらず、緑なす福島の農地を救うことができたろうに。無念でならない。
 国家の指導者が、官僚機構をよく統御し、国家の舵を誤りなく定めることは至難のことだ。かつて静岡県の農協幹部で二度防衛庁長官を務めた栗原祐幸氏やガット・ウルグアイラウンド交渉を担った新潟選出の近藤元次元農水相らは、その人柄と見識で官僚機構を見事に率いた。だが、かつての政権党、自民党からはいつのまにか人材が姿を消し、政権復帰の意思すら感じられない。与野党から指導者が払底してしまった以上、外国から人材を見つけてこなければならない事態も現実になろう。政治の危機はそれほどに危機的だと思った方がいい。
敗戦後の日本は、軽武装を旨とし、足らざる軍備を対米同盟で補ってきた。この選択が誤っていたわけではないが、戦後の日本はワシントンに安全保障を委ねているうち、国際社会の秩序の創造に関わろうとしなくなってしまった。その果てに、大きな政治を担う指導者が姿を消してしまった。そんな日本の弱点を衝いてブラック・スワンが降臨した。 放射性廃棄物を含む土壌などをどう処理すべきなのだろうか。それは大熊町でも双葉町でもない。中間貯蔵施設は福島第1原発の敷地しかあるまい。作業に被ばくが心配なら、地下道を造り、作業ロボットを活用すべきだろう。政治指導者は反対派に飛び込み、議論を尽くし、最後は自分で決断するしかない。そして決断の結果責任は自らが担う。今の民主党政権は指導者のあるべき姿から離れ、一番安易な道を選んでいると言っていい。



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