手嶋龍一

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少子化ニッポンの国家戦略

 大地震と大津波に襲われながら、わが身を差し置いて隣人を助けるニッポンの被災者の姿に感嘆の声が世界中からあがっている。そんな人々が暮らす日本なら必ずや未曽有の危機を乗り越えるはずだと国際社会は信じているのだろう。それを裏付けるように、震災直後に暴落した株式市場は日を経ずに反転し、為替相場も大地震の直後には国際投機筋の思惑で円相場が急騰したが、その後は落ち着きを取り戻した。これとて日本の底力を信じていなければ、いくら投機とはいえ、円を持ち続けることなど出来なかったろう。

 周囲を海に囲まれた島国に住む人々が、危機に遭遇して、いかなる行動に出るのか、島国の人々の特性を鋭く言い当てたのは、かのウィンストン・チャーチル卿だった。

「不思議なことだが、英国人のような島国に住む人々は、災厄を想定した常日頃の訓練をあまり好まない。千年もの永きにわたって、外敵の侵攻を蒙ったことがないからだ。だが、ひとたび危機が迫り、身に危険が募ってくればくると、奇妙なほどに冷静となる。そして災厄がいよいよ身近に押し寄せてきた時には、人々は獰猛になり、生死の境にいたれば時に恐れさえ忘れて立ち向かう」

 この指摘は東日本大震災に見舞われた島国ニッポンに住む人々にもあてはまると言っていい。「神の火」に譬えられる原発が制御不能になりかけても、人々は稀なほど冷静に対処している。だが、こうした美質は同時に欠点を内蔵している。長い時間をかけて少しずつ忍び寄るクライシスには必ずしも鋭敏ではないのである。この緑なす島国があまりに住み心地がよく、複雑に入り組んだ危機がこの国に暗い翳を落としても、それに先んじて手を打って立ち向かうことは得意ではない。目に見えにくい、こうした危機の典型が、少子化・人口減少である。

 日本列島を人口の減少という災厄が覆い始めている。いま総人口は1億2699万人(2010年10月)だが、すでに男の人口減少が先行し、3年連続で男女ともに人口減となっている。国連の人口予測(中位推計)では、2025年には1億2277万人、2050年には1億855万人まで落ち込むとされている。このシミュレーションがどれほど精緻かは議論が分かれるが、当面は人口の減少が着実に進んでいくとみていい。とりわけ問題となるのが、16歳から65歳までの生産年齢人口が都市部を含めて日本全体で減り続けていく事実だろう。これでは、日本経済の活力を大幅に殺いでしまうことになる。

 少子化・人口減少の処方箋は二つしかない。まず一人の女性が生涯に産む子供の数を示す「合計特殊出生率」をあげて少子化の流れに歯止めをかけることだ。だが、女性が安心して子供を産み、育てる環境を整えなくては、少子化の流れは止まらない。いま一つは、たとえ生産年齢人口が減少してもニッポンの活力が落ちないような新しい社会・経済システムを構築することだ。

 少子化の流れを前提としながら、ニッポンの活力を維持していくには、女性の社会進出を思い切って進める他ない。いまこそ女性を社会の中核として迎え入れ、大いに働いて所得を増やし、マイホームを自ら建て、余暇も楽しんでもらう。たとえ日本の人口は逓減傾向を辿っても、女性がいままで以上に有償で働くことになれば、社会の活力は衰えない。日本ではまだわずか500万人、全体の45%の女性しか有償で労働に就いていない。生産年齢人口にあたる1200万人の女性がみな有償の仕事に就けば、人口の減少を補って余りある。そう、問題解決の決め手は女性なのである。島根、福井、鳥取の各県では、働く女性の割合が全国最高レベルにあり、同時に出生率もトップクラスである事実が、この処方箋の有効性を裏書きしている。これに加えて、外国人観光客を積極的に迎え入れることも重要だ。彼らに日本で大いにお金を使ってもらう。だが日本の観光収入は1兆円程度に低迷しており、世界のランクキングでは28位に甘んじている。発想を大胆に転換すれば、少子化ニッポンにも、新たな飛躍は可能だ。



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