手嶋龍一

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9.11事件が生む力の空白

 ジュラルミンの機体が朝の陽光にきらきらと輝いていた。ボストンのローガン空港を飛び発ってロサンゼルスに向かうはずだったアメリカン航空11便だ。超大国アメリカを撃つことこそ、イスラムの聖なる戦いだ―。そう信じるテロリストにハイジャックされた旅客機は摩天楼を遥かに見下ろすマンハッタンの上空に姿を現した。紺碧の空には雲ひとつ浮かんでいい。01年9月11日午前8時45分。冷戦後の風景を一変させる瞬間が迫っていた。

 3千人の命が喪われた同時多発テロ事件。アメリカのブッシュ政権は、アフガニスタンがテロの策源地になっているとして、タリバン政権を武力で転覆させた。続いて、サダム・フセイン政権が核兵器を隠し持っていると決めつけイラクへの武力行使に踏み切っていった。アメリカは持てる力のすべてを中東での対テロ戦争に注ぎ込んだのだった。

 そんな戦略環境の変化を怜悧に読み抜いていたのは北朝鮮の金正日政権だった。アメリカがもはや朝鮮半島で軍事力を発動する余裕はあるまい―。こう判断して、06年と08年の二度にわたって、核実験を強行し核保有国となった。アメリカによる報復の危険があると危惧すれば核のボタンは押さなかったにちがいない。

 「ブッシュの戦争」が最重要の戦略拠点、東アジアでアメリカのリーダーシップを弱めてしまった―。こう批判してホワイトハウス入りしたオバマ大統領は、日米、米韓の同盟の絆を締め直し、核開発に走る北朝鮮だけでなく、台頭著しい中国も視野に入れ、アメリカの影響力を取り戻すと訴えた。「オバマの東アジア回帰」である。だが鳩山、菅と続いた民主党政権は、日米同盟を再構築する絶好の機会を自ら潰してしまう。普天間基地の移転問題が躓きの石となった。

 一方で北朝鮮はウラン濃縮に手を染め、韓国の陸地を砲撃して、強硬姿勢に転じている。時を同じくして中国は尖閣沖で巡視船に衝突した中国漁船の船長の釈放を求めて対日圧力を強める。北の大国ロシアのメドベージェフ大統領は自ら国後島を初めて訪問し北方領土で強硬姿勢を打ち出した。10年に相次いで生起した一連の事態は、水面下では連動していると見たほうがいい。中国。ロシア、北朝鮮は、盤石の日米同盟を背景にした日本には慎慮で臨んでいたが、亀裂が生じた同盟に乗っているだけの日本はもはや手ごわい相手ではないと軽んじ始めている。新内閣が真っ先に着手すべきは日米同盟の再建でなければならない。



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