手嶋龍一

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「尖閣ビデオ流出と神戸」

 尖閣沖で中国漁船が日本の巡視船に衝突を繰り返す映像。菅政権がひた隠してきたこの瞬間がユ―チューブに投稿された。その舞台となったのが港町神戸だったことは決して偶然とは言えまい。海上保安部の情報管理はかなり杜撰で、どこの海保から映像が洩れても不思議はなかった。だが、南の海で何が起きたかを物語る証拠の映像は、神戸から流れ出ていった。

 神戸海保の航海士がたまたま神戸市内のネット喫茶から映像を流したとういうのはやさしい。だが神戸という港町が持つ開かれた空気が、航海士に「日本の人々にも事実を知らせたい」と航海士をネット喫茶に向かわせたのではないか。石垣では中国人船長の釈放に批判的な空気が横溢していたが、漏洩の動きは出なかった。

 アメリカでもその土地が湛える空気にははっきりとした違いがある。政治権力の側が隠しておきたいと願う情報が漏れだす場所―それは中西部のカンザス・シティではなく、やはりニューヨークなのである。アメリカがベトナムの汚れた戦いに踏み込んでいくさまを裏付けた機密文書。この「ペンタゴン・ペーパー」は「ニューヨーク・タイムズ」の手に渡り、ニクソン政権を窮地に追い込んだのだった。

 だが開かれた街は外敵の侵入に脆い。テロリストが隣に住みついても誰も気づかない。ニューヨークは国際テロの格好の標的になってきたのである。だからテロと戦うには、各国の捜査・情報当局との協力が欠かせない。そのためには相手国から提供された機密情報は決して漏らしてはならない。最近起きたテロ情報の漏洩は致命傷となる。開かれつつ、自らを律する―。われわれは今度の神戸事件からそんな教訓を学ぶべきではないだろうか。

「神戸新聞」に掲載

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