手嶋龍一

手嶋龍一

手嶋龍一オフィシャルサイト HOME » 著作アーカイブ » 2010年

著作アーカイブ

APEC首脳会議を前に日本外交への提言

 日米同盟は、冷戦が終結する前から揺らぎ始めており、自民党政権末期にはすでに亀裂を広げていた。米軍普天間基地の移転問題で、米政府を説得できず政権交代前に解決できなかったのがその証左だ。だが、政権に就いた民主党外交の惨状は言葉を失うほどで、同盟の亀裂が一層広がった。尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件をはじめ一連の「外交敗戦」は、日米同盟の揺らぎに端を発している。

 東アジアのなかの日本は、日米同盟という公共財のゆえに重きを成している。中国、ロシアからすれば「日米同盟なき日本」など恐れるに足りない。尖閣問題はどこまで日本を揺さぶれば譲歩してくるのか、そのリトマス試験紙として使われた。
 民主党内には、「建設会社フジタ社員が人質を取られた以上、譲歩は避けられなかった」という意見がある。さしもの中国側も、衝突事件とフジタ社員の拘束をタテマエとしては関連づけていないのに、それを「人質」と受け取るのは、中国のそうあってほしいと思う術策に自ら陥っている。

 こうした菅内閣の姿勢こそ、国際テロの標的になりやすい、危険なものと言わざるをえない。国際社会はテロで多くの犠牲を出した苦い経験から、国際テロ組織とは一切の交渉をせず、妥協もしないことを教訓としてきた。だが、菅内閣は人質とすべきでないものを人質と解釈し譲歩してしまった。原則なき日本の姿は、国際テロ組織の格好のターゲットになってしまう。
 菅直人首相は国内に極端な右派が台頭することを憂慮しているはずだ。だが皮肉なことに、中国に故なき譲歩を続ける菅内閣の外交姿勢こそ、不健全なナショナリズムの台頭を招いている。政治は結果責任である以上、菅外交の招いた事態は重大だと断じざるをえない。

 外交で重要なのは国家のかじ取りに役立つ情報が「インテリジェンス」だ。政府内の組織が、膨大な一般情報から政治リーダーが決断に必要なインテリジェンスを選り抜いて提供する。こうした「インテリジェンス・サイクル」はどんな国家でも機能しているが、いまの菅内閣にはそうしたサイクルが存在しているのかすら疑わしい。

 日本外交は危局にあるが、近く横浜で開くAPEC首脳会議を機に、次の3つを提言したい。①日本農業の利益を守りつつ、環太平洋の自由貿易を一層推進する姿勢を鮮明にすべきだ②日米同盟こそ東アジアの安定の要とアピールし、中国の軍拡を許さない③オバマ米大統領の非核政策と連携し、日本は核を持たな150カ国以上の国を代表して安保理常任理事国入りを目指す。 東アジアの外交の舞台で、日本が存在感を増していけば、中国も日本をないがしろにする姿勢を改めざるをえないだろう。

「北海道新聞」に掲載

閉じる

ページの先頭に戻る