手嶋龍一

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ニュース解説「米オバマ大統領の来日が間近に」

11月12日と13日の日程で米オバマ大統領がいよいよ初めて日本を訪れ、鳩山由紀夫首相と日米首脳会談が行われる。この会談にはいくつかの「見せ場」がある。鳩山首相にとっては試練の場となるかもしれない、首脳会談の核心を外交ジャーナリストの手嶋龍一氏が指摘する。


日米首脳会談のあり方を「脱官僚」の象徴にすべきだ

オバマ大統領を迎えての日米首脳会談は、鳩山由紀夫首相にとっては民主党政権が目指す「脱官僚」を国民に印象づける絶好の機会となろう。従来は外交当局が、予備交渉から首脳の発言要領さらには記者ブリーフィングまで全てを演出してきた。北米局がつくったポジション・ペーパーを読みあげるだけの首相もいた。まさしく「官僚主導」であり、米国政府の高官のなかには「日本の閣僚と話すのは時間の無駄だ」と吐き捨てるように言う場面もあった。

今回は鳩山首相自らの考えと言葉で進めるべきだろう。来るべき日米首脳会談では、鳩山首相がオバマ大統領に自分の言葉で語りかけ、民主党政権の誕生を機に脱官僚が進んだことをアピールすべきだろう。それは、鳩山政権の姿勢を米国にも伝えるいい機会となろう。

首脳会談の後、その内容をどのように発表するかの主導権は外交当局に握られてきた。日米首脳会談のどの部分を発表し、どこを非公表とするか。それを判断していたのは、外務省北米局だった。日本側プレスへの記者会見でも、政治家、とりわけ説明役の官房副長官は、外交当局のつくった会談メモを読みあげるだけだった。首脳会談に同席していないケースすらあった。

具体的なケースを示しておこう。2000年に発足した第2次森喜朗内閣で官房副長官を務めたのが安倍晋三氏(元首相)だった。日米首脳会談の後、安倍官房副長官が会談内容を記者に説明した。私は「明快な説明で内容はよく分かったのですが、どこを非公表としているのですか」と尋ねたことがある。彼は絶句してしまった。首脳会談に非公表の部分はつきものだが、すべては官僚の手で執り運ばれ、関与していなかったのである。

「脱官僚」を鳩山政権が掲げる以上、こうした官僚主導は止めてしかるべきだろう。今度の日米首脳会談では、鳩山首相が自ら説明し、記者発表のありかたも政治主導で進めるべきだろう。

ぜひ実現すべきだったオバマ大統領の広島・長崎訪問

今回のオバマ大統領来日について「日本側は大きなチャンスを逃してしまった」と言わざるを得ない。それは、被爆地である広島と長崎をオバマ大統領の訪問予定に組み込めなかったことだ。オバマ大統領は、「核兵器なき世界」の実現を掲げ、それがノーベル平和賞受賞につながった。それだけに、広島と長崎を訪れ、メジャースピーチを行なえば、核軍縮をさらに進める契機になったことだろう。唯一の被爆国である日本が、この「オバマ・ヒロシマ・スピーチ」の舞台を用意することの意義は大きかったはずだ。日本の核軍縮分野での発言力もより増したことだろう。

だが、オバマ大統領の広島や長崎の訪問は実現しない情勢だ。平野官房長官も「可能性が薄い」と発言をしている。大統領がメジャースピーチを行う場合、事前に大統領のスピーチライターが現地を訪れ取材するのが常だが、今回はオバマ大統領の訪日関係者が広島や長崎を訪れたという情報はいまのところない。

これは日本側の外交努力の不足だと言わざるをえない。9月24日のニューヨークで行なわれた国連安全保障理事会首脳級特別会合で鳩山首相がオバマ大統領の広島・長崎訪問を呼び掛けただけにとどまっている。今回は無理でもオバマ大統領の広島・長崎訪問は、いずれ実現すべきだろう。日米首脳会談で鳩山首相がオバマ大統領に膝詰めで要請すべきだと思う。だがこれは政府だけの問題ではない。日本のメディアや市民運動の人々も、力量不足を反省すべき点があると思う。広島や長崎も、オリンピック開催にとどまらず、オバマのメジャースピーチの実現を積極的に働きかけていくべきだろう。

新たな日米関係を築くスタートラインに立つべきとき

鳩山首相は今回の日米会談で長期の戦略を巡る日米対話を進めるべきだろう。10月10日の日中韓首脳会談で長期的目標に掲げた「東アジア共同体」構想の理念についても、オバマ大統領に周到に説明し、理解を得ることが重要だ。

「東アジア共同体」構想は、ともすれば米国と対立するというイメージを持たれがちだ。日本が米国との関係を基調としながら、「東アジア共同体」構想も進めていく。この点についてどう折り合いをつけていくのか、オバマ大統領の理解を得ておくことは、死活的に重要となるだろう。

「共通の戦略なき同盟はやがて衰退してしまう」。英国で言い伝えられてきた格言だ。だが、ここ数年、日米関係は共通の戦略を構築するどころか、戦略対話の枠組みすら満足に持てないでいるのが実情だ。これでは「東アジア共同体」をめぐる議論を率直に進めることは難しいだろう。鳩山首相とオバマ大統領の首脳会談を、日米両国の戦略家による対話の枠組みづくりのきっかけにすべきだと思う。

普天間基地問題解決も首脳会談から始める

今度の日米首脳会談は、もはや表敬訪問でもなければ、初顔合わせでもない。日米間に横たわる懸案事項を解決する、まさに試練の場となる。インド洋での海上自衛艦による補給活動について鳩山首相は、「単純延長しない」と表明している。しかし、補給活動を止めるのなら、それに変わるどんな貢献を成し得るのか。アフガンの治安回復と復興で具体策を示し、日本のプレゼンスをアピールしない訳にはいかないだろう。

自衛隊の活動に代わって、民間人による学校建設や職業訓練支援といった案が検討されている。しかし、民生支援が本当に求められているのは、戦闘が続く「危険地帯」だ。比較的安全と見られていたカブールの中心街でも大規模なテロが発生し、国連職員ははじめ多数に犠牲者が出た。そのように危険な地域に民間人が武器もなしに出かけることは現実的ではないだろう。結局、資金援助で済ませてしまえば、第1次湾岸戦争時のように「日本は血も流さず、汗も流さず、カネだけだすのか」という国際的な非難を招きかねない。

1991年の湾岸戦争で、日本は130億ドルもの巨額な資金を多国籍軍に提供した。しかし、人的な貢献はほとんどできなかった。そのため、資金協力は国際社会ではまったく評価されなかった。その轍を再び踏んではならない。巨額の資金を提供しながら評価されない―。そんな状況は、日本国内から思わぬ不満を噴出させ、これが「不健全なナショナリズム」を堆積する危険がある。日本社会が急速に右傾化するのはこのようなケースなのである。

ただ、これまでどおりインド洋での海上補給を単純に継続することに私は必ずしも賛成していない。なぜなら、米国側は、日本の海上補給を当然のことと受け取っている節がある。海上自衛隊の貴重な活動を「海の上のガソリンスタンド」にしてはならない。日本の国際貢献を認めさせる格好の機会にすべきだろう。鳩山政権は、給油の自動延長はしないと表明しているのだから、従来の惰性を打ち破り、実効ある貢献策を示すきっかけにしてほしい。

普天間基地問題では「現実的な話し合い」をする仕組みが必要

いまひとつの懸案事項は、沖縄の普天間基地問題だ。鳩山首相は、10月7日の記者団に米軍再編を見直す方向で臨むとした政権公約について「時間という要素によって変化する可能性は否定しない」と述べ、その後も、岡田外相、北沢防衛相の発言は、日替わりメニューのように変わり続けている。外交は交渉相手があり、決着の結果は国内の利害関係者に受け入れられなければいけない。それだけに、政権担当者の発言がこうまで揺らいでいでは、日本外交への信頼を失ってしまう。

外交交渉では、事実関係を精査し、着地点を探りながら、国内の利害関係者を説得する。そうして妥協への手順を整えていくのが常道だ。しかし、現状では着地点を掴めないまま外への発言をいたずらに続けているにすぎない。これでは思い描いているような決着は難しい。ただでさえ日米合意の見直しに難色を示す米国側の姿勢を頑ななものにしてしまう。駆け引きのまずさは、やはり長いあいだ野党にいたための経験不足のゆえだろう。

従来、普天間基地問題では米国側は「1センチたりとも基地は動かさない」という姿勢だった。だが、鳩山民主党政権の出現で、日米の基本合意を修正してもいいという姿勢に転じている。これは米国側には大きな譲歩なのだが、鳩山政権はそれを少しも分かっていないように見受けられる。ひとことでいうなら、民主党政権の出現そのものが、米側の強硬な態度を突き動かしたのである。だが、その意味を日本側が理解できなければ交渉にならないだろう。先ごろ来日したゲーツ国務長官は岡田外相に、オバマ大統領はこの問題に触れるだろうという見通しを示し、「日本側が結論を出すべきだ」と促した。日本側は早急に対応の基本方針を固めるべきだろう。

日本側はまず地元の沖縄、外務省、防衛省などの利害関係者のコンセンサスをとりつけ、米国政府に臨んで妥協を少しでも引き出すほかに解決策はない。そのためには、今度の日米首脳会談で、オバマ大統領も決着に向けて、米国政府の部内を説得できるような「鳩山案」を固めておく必要がある。そこで日米の両首脳の信頼の絆が現実の懸案を解するために役立つことを内外に示せれば、鳩山外交は確かな一歩を踏み出せるだろう。

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