アエラ・イングリッシュ「特集 洋書を読む!英語を味わう楽しみ」
一方、洋書読書には英語を味わうという楽しみもある。『ウルトラ・ダラー』、『葡萄酒か、さもなくば銃弾を』などの著書があり、外交ジャーナリストで作家の手嶋龍一さんは、日本語で読んだ本の原書を改めてひもとくことも多い。
たとえば若いころに出会った『The Best and The Brightest』。ニューヨークタイムズの特派員としてベトナム戦争の素顔を見たデーヴィド・ハルバースタムが「アメリカはなぜベトナムで誤ったのか」を検証したノンフィクションの傑作だ。日本語版の浅野輔訳は確かに秀逸だったが、これほどの翻訳を生む原作はさぞかしと思い、英語版を読みたくなったという。「英文も優れたノンフィクションの文体で綴られていました。私小説風に心象風景を描かず、対象と距離を置きながら、事実を様々な視角から積み重ねていく。その手法は壮大な叙事詩を思わせます」。最良にして聡明と謳われた知的エリートたちがベトナム戦争に足を絡めとられたのは何故か。「巨大な標的に立ち向かうには、それを描き出す独自の文体が必要だったのです。後にハルバースタム本人から聞いたのですが、『歴史の探求』の著者セオドア・ホワイトがすでにノンフィクションの文体を確立してくれていた、自分はそれに従ったに過ぎないと謙虚でした。これほどの作品はやはり原文もひも解いてエッセンスを味わうことを薦めます」。
物語なら、太平洋の密漁者にしてアラスカの旅人であり、野生のアメリカを体現するジャック・ロンドンの短編「To build a Fire」、国際問題なら、英国の外交官でEU外交の設計者ロバート・クーパーの『Breaking of Nations』をすすめる。これから海外で暮らす人には、日本財団が日本を理解してもらうために編んだ『100 Books for Understanding Contemporary Japan』。日本とはどんな国かを説明するにはきっと役立つ1冊だ。
手嶋さんは最近、オバマ候補のスピーチによく目を通している。「初めは自分で草稿を書いていましたが、いまはスピーチライターとの共作。オバマの語彙、癖、肺活量まで計算して実に巧みです」。これも英語で読んでみるとよさがうなずけるという。
先に原書を読んでから日本語訳にあたることもある。スコット・フィッツジェラルドの『The Great Gatsby』は英語で読んだ後、村上春樹訳を楽しんだ。「英語のリズムまで日本語にうつされ、うまいなと感銘を受けました。新幹線から金沢・東の茶屋街の喫茶店まで読みふけってしまいました。至福の時だったなあ」。
手嶋さんの執筆場所は名馬ディープインパクトを産んだ北海道のノーザンファーム。地下の書庫には何千冊も洋書が収納されている。だが無理をして眼を通すわけではないという。「大切なことは、読みたくない本は手に取らないこと。襟を正して論語を読むように、刻苦して洋書など読む必要はありません。村上春樹さんが英語のペーパーバックを読むのは、それが心地よいからでしょう。洋服と同じで、Tシャツでもジャケットでも着心地のいいもの、フィーリングの合うものを選べばいい。自分の感性に従うのがいちばん」。
幸い日本は翻訳大国。内容だけ知りたければ翻訳書で済む。文体や雰囲気を存分に味わいたければ英語で読めばいい。好奇心が洋書を読む扉を開いてくれる。