変革なるか オバマ氏 米大統領選座談会
(座談会 佐藤優氏、堤未果氏)
米大統領選は「変革」を掲げた民主党候補バラク・オバマ上院議員の地滑り的勝利で幕を閉じた。米国市民の選択の背景や、課題山積の米国の今後について、慶応大教授の手嶋龍一氏、元外務省主任分析官の佐藤優氏、ジャーナリストの堤未果氏が論じ合った。(司会・北野宏明国際部長)
■歴史的意義
*堤 格差解消を国民期待/佐藤 ネットで参加広がる
--オバマ氏勝利の歴史的意義をどう見るか。
手嶋 歴史家が後で振り返って「現代史の大きなターニングポイント」と書くような選挙だった。ブッシュ政権の八年間は「米国に良きことは世界に良きこと」と、安全保障の面でも経済の面でも突き進んでいった。その一国行動主義の前提が崩れた。イラク戦争ではその大義名分に、経済では米国で開発された金融商品に、大きな傷があった。そのためオバマ次期大統領には新たなアプローチが必要となった。十九世紀のウィーン会議に例えて言えば、新しいコンサートの新たな指揮者、つまり米国一国を超えた世界のためのリーダーたらざるを得なくなったということだ。
堤 米中枢同時テロの時に米国にいたが、それ以降の米社会はひどかった。一部の富裕層とその下との格差がどんどん拡大していくのを目の前で見た。その中で国外では戦争を続け、国内では社会保障費はどんどん削られた。がけっぷちにあって、格差解消などのウルトラCを期待して生まれたのがオバマ勝利だった。
佐藤 米国の選挙は元来動員型だが、今回の選挙でオバマ陣営は社会のすそ野からどんどん動員を増やしていった。これは構造的にはファシズムに似ている。資本主義の危機を超えていくためには、そうした動員が必要になるという点で、だ。
手嶋 オバマ陣営の草の根の動員力、資金力は際立っていて、まさに一種の束ねるファシズムと言える。
佐藤 民衆の圧倒的な支持を得ているオバマ氏と思想のない官僚がくっつけば一種のファシズム的なものになる。だから、私はオバマ氏の中に危ういものがあると思う。
--インターネットを利用した選挙運動をどう総括するか。
手嶋 盤石の大統領候補だったヒラリー・クリントン上院議員、いわゆる既成の政治組織を破ったのが、インターネットによって草の根の人たちを組織したオバマ氏と言える。
佐藤 インターネットによって、社会の比較的虐げられていた人たちが能動性を発揮し、身銭を一ドルでも寄付した。政治に参加できるという感動があったと思う。それは、あきらめていた政治にもう一度頼らないといけないと思うほど、状況が悪くなってきているということだろう。
■金融・経済
*手嶋 ドル基軸に終わりも/堤 弱者対策財源に不安
--金融危機対応はどうなるか。
手嶋 米下院で金融安定化法案が否決された後、オバマ氏は共和党の一部にも手を伸ばし多数派工作をした。これが勝利に導く重要な要因になった。しかし金融機関救済や大規模減税、雇用確保の財源はどうなるのか。日本と同じジレンマに直面せざるを得ない。
堤 下院議員には有権者から「ウォール街を支援して労働者を支援しないなら、支持しないぞ」という電話やメールが多数来た。共和党の中にもおかしいと思った人が結構いて、私は米国に健全な感覚が残っているなと少し希望を持った。ただオバマ氏が、サブプライムローン問題で家を差し押さえられた人の救済よりウォール街の救済を優先した時、有権者の求める「チェンジ」が本当に起こるか疑問を感じた。
手嶋 アメリカは他の国と決定的に違う。無制限に基軸通貨を刷るという土台に成り立ってきた。十五日の金融サミットは、基軸通貨としてのドルの終わりの始まりかもしれない。しかしドルなき時代の構図は見えず、オバマ氏は前人未到のところに踏み込まねばならない。環境とか教育とかエネルギーとか新しい分野で価値をつくり出せれば、リンカーンや冷戦を脱したレーガンのようになるかもしれない。
--貧困大国はチェンジできそうか。
堤 貧困大国とは米国型経済モデルの結果。戦争経済を続けている限り、変えるのは難しいと思う。ただ金融も製造業も駄目となると戦争しかない。そうなれば、医療など守るべきものが守られなくなり、貧困大国が拡大する。
佐藤 心配されるのは貧困を戦争によって処理していく方向だ。
手嶋 米国が大恐慌から脱したのは、第二次世界大戦があったからだ。まさに新しいタイプの戦争に突入していく可能性がある。戦争好きのブッシュの時代が終わり、対話路線のオバマが来たと楽観的にはなれない。
堤 オバマ氏の「変革」に期待をした人たちは雇用確保や格差是正を望んでいるが、私は疑問がある。この八年間で軍事費は増大し、オバマ氏はアフガニスタン派兵も明言している。金融危機対策も必要だ。弱者への対策費はどこから出るのかという不安がある。
■外交・安保
*手嶋 アフガンに主力注ぐ/佐藤 北方領土解決難しく
--外交・安全保障政策はどう変わるか。
手嶋 グルジア紛争を検証したい。ブッシュ政権は毅然(きぜん)とした姿勢を取るべきだったが弱体化していてなすすべがなかった。湾岸戦争で、イラクが主権国家を侵したクウェート侵攻と、どこが違うのか。グルジア問題に次期大統領がどう取り組むかは、北方領土問題や日本の対ロ外交にも跳ね返ってくる。
--ロシアのメドベージェフ大統領が新型ミサイル配備を表明したが、新冷戦になるのか。
佐藤 新冷戦という見方は取らない。米ロとも資本主義でイデオロギーの対立はない。私は新帝国主義だと思う。軍事力を使った利益が圧倒的に大きいなら行使を躊躇(ちゅうちょ)しない。ロシアはそういうやり方になっている。
手嶋 米国がやや普通のスーパーパワーになりつつあり、米国、欧州、ロシア、中国、日本としのぎを削る時代に入っている。対話路線とは対極にある、戦いの外交が幕開けするかもしれない。
--イラク、アフガンの問題は?
手嶋 アフガンに主力を注ぐことになる。従来は一国主義で、日本に多くを求めなかったが、インド洋の給油継続は言うに及ばず、もっとリアルに、実力部隊を求めてくる。日本の民主党には「オバマ政権は日本にとって良い」と考える向きもあるが、そんなことはない。小沢民主党は国連中心主義、オバマ氏はそうではない。全体ではチェンジの風が吹いているかもしれないが、安保分野は必ずしもそうならない。
堤 米国は徴兵制ではないが「経済徴兵制」になっている。社会保障費削減などで貧困層がつくられ、生活のために軍に入ったり、戦地に行ったり、効率よく戦争が続いている。そういう戦争経済が続くなら、もっと貧困層を戦争に行かせる政策が続き、日本も兵を出せと必ず言われる。
--オバマ氏は中東問題をどうするか?
佐藤 中東については全然、分かっていない。ロシアはグルジア紛争以後、シリアとイランにてこ入れを始めた。一種の報復だ。そこでロシアをけん制するためにアフガンが出てくる。宿敵はロシアなのか西側か、とタリバンをたきつける。英国は、イスラム革命を輸出しないなら原理主義政権をつくらせてもいい、くらいのことを考えていると思う。
手嶋 面白い。オバマ氏は「対話で国際協調を」と言うが、現実は甘くない。対決色を強めているプーチン・メドベージェフ二重政権と対話を、ということはおそらくない。
佐藤 ロシアの高級紙イズベスチヤは、オバマ氏関連の記事に、かつての米国の奴隷小屋の絵を添えて、「奴隷の子供たち」と見出しをつけた。これだけ人種主義的なものがあらわになったのは初めてだ。ロシアはものすごく冷たい目で見ている。
--米ロ対立が強まった場合、日本はどうするか。北方領土問題とも絡むが、どう読むか。
佐藤 領土問題は難しくなると思う。日本はグルジアに対し最大約二百億円の支援を決めた。これにロシアがどれだけ悪いイメージを持ったか、外務省は分かっていない。米国に言われたためだが判断を誤った。
--米国と北朝鮮の関係はどうなる。
手嶋 オバマ氏にとって正念場だ。力を背景に、伝家の宝刀を抜くぞと言わなければ北朝鮮は動かないという原点に戻るべきだ。ブッシュ政権は、日本を裏切ってテロ支援国家指定を解除した。日本はオバマ政権に、まったく新しい北朝鮮政策を求めるしかない。それ以外に拉致問題の解決もあり得ない。
佐藤 同感だ。オバマ政権にどういう戦略を持たせるか。拉致問題は譲れないと腹に響くように言えるか。半年ぐらいが正念場だ。
--麻生首相はマケイン氏になってほしかったのではないか。
手嶋 麻生首相はオバマ氏当確後、記者団に「どなたが大統領になっても」という文脈で語ったが、あれは国際的には自分の意に反する人が勝ったことを示す。致命的だ。
--日米関係はどうなるか。
手嶋 日米同盟は明らかに空洞化している。機能していれば北朝鮮のテロ支援国家指定解除が起こりうるはずはない。基地再編も進んでいない。日米関係は危険水域に入っている。
佐藤 そう思う。私はこれから日米同盟の重要性を説いていきたい。今後、即時的な反米感情が出てくるだろうが、それは国益を損する。日本の基盤を検証した時、最後に残るのは日米同盟だ。具体的にはインド洋の給油を続けること。それにより、日本にとって生命線である「テロとの戦い」への入場券を買い続けることができる。
堤 米国がどうなるかではなく、日本がどうしてほしいのかをもっと出すべきだ。どんな国家で国民は幸せになれるのか、国とは何か。米国を通じて日本も世界も問いを突きつけられている。環境や人権や民主主義という理想が機能して、なおかつ経済でも協調できる第三の道はないのか。オバマ氏だけではなく、日本の国家も市民も考えるべきだ。
手嶋 非常に重要な点だ。米国は理念によって成り立っている人工的な国家だ。オバマ氏が本当に思い描いている米国の理念はこれから形づくられる。経済、軍事政策を超え、オバマ政権を読む最大のポイントだと思う。
<略歴>
てしま・りゅういち(ジャーナリスト、慶大教授)
1949年芦別市出身。慶応大卒業後、NHKに入局。97年にワシントン支局長。この間、米中枢同時テロ事件に遭遇。2005年にNHKから独立し、著作活動に入る。07年から慶応大教授。著書に「ウルトラ・ダラー」(新潮社)、「葡萄(ぶどう)酒か、さもなくば銃弾を」(講談社)など。
つつみ・みか(ジャーナリスト)1971年東京都出身。
ニューヨーク州立大卒、同市立大大学院修士号取得。国連などを経て、米野村証券勤務時に米中枢同時テロに遭遇。2002年以降、ジャーナリストとして活動。著書に「報道が教えてくれないアメリカ弱者革命」(海鳴社)、「ルポ貧困大国アメリカ」(岩波新書)など。
さとう・まさる(作家、元外務省主任分析官)1960年東京都出身。
同志社大大学院修了後、外務省入省。主に旧ソ連・ロシア担当として北方領土問題交渉などを担当。同省関連機関の不正支出事件で背任罪などに問われ、起訴休職中。この間、作家として活動。著書に「国家の罠(わな)」(新潮社)、「自壊する帝国」(同)など。