特集ワイド:オバマはマケインに勝てるのか?~私はこう見る
手嶋龍一さん 藤原帰一さん
米史上初の黒人大統領は誕生するのか? 米大統領選の民主党指名争いは、バラク・オバマ上院議員(46)がヒラリー・クリントン上院議員(60)に競り勝った。11月4日の本選挙に向けて、オバマ氏と共和党のジョン・マケイン上院議員(71)はどんな戦いを見せるのか。米国ウオッチャーの識者2人が展望する。【大槻英二、太田阿利佐】
◇影落とす「二つのテロ」--外交ジャーナリスト・手嶋龍一さん
1月に書き上げた著書「葡萄酒か、さもなくば銃弾を」で私は、クリントン氏が民主党の指名選挙に敗れると予測しました。しかし、本選挙でオバマ氏がマケイン氏に勝てるか、まだ定かではありません。両者の対決に影響を及ぼす要因が出そろっていないからです。
クリントン氏には、圧倒的な資金力、抜群の知名度があり、あらゆる政策に通じ、党組織を握っていた。ずぬけた本命であり、決定的な戦術ミスを犯したわけでもない。しかし敗れた。私はクリントン氏の「賞味期限」が切れてしまったからだと分析しました。強い日差しを浴びた果物はあっという間にしなびてしまう。どんなに強力な候補も、2年もメディアの圧倒的なスポットライトを浴び続けると干からびてしまう現象が起きる。
マケイン氏の経歴はクリントン氏よりさらに長く、「賞味期限」どころか、しなびすぎてそのしわが逆に魅力になっているほどです。一般に考えられているよりもずっとしたたかで強い。海軍出身で、訓練機などで2度も墜落。1967年には、北爆の途上に空母の甲板上で搭乗機が誤爆されて爆発。132人も犠牲を出しながら本人は無事でした。その後、撃墜されて5年半の捕虜生活を送った末に生還した。まさに強運の人です。
2000年の共和党の指名選挙では、無党派層を取り込み「マケイン旋風」を起こした。昨夏には選挙資金が底を突き、選挙対策本部の幹部が辞任。マケイン選対は一時崩壊したのですが、再起を果たしています。
今後の戦いに影を落としているのは「ふたつのテロ」。ひとつは、アメリカを襲う新たな同時多発テロ。いまひとつは、オバマ氏を狙うテロです。前者はマケイン陣営に追い風となる。人々は今、オバマ謀殺を心から心配している。だが、暗殺の恐れはこの青年政治家を鋼のように鍛えてもいます。
今後の選挙の構図は、両陣営が明らかにする諸政策によって初めて定まります。主要テーマはイラク戦争、経済政策、社会保障。イラクからどう撤退するかは重要です。
オバマ氏は敵対する陣営とも「対話を試みる」方針ですが、イスラム過激派とも交渉するのかなど外交・安全保障に通じたマケイン氏から鋭く突かれるはずです。わずかな失言も命取りとなり、大統領のイスは遠ざかってしまいます。
一方、スピーチやテレビ討論では、オバマ氏に分があります。ヒラリー・スピーチは、わずか3分で恐ろしく多様な内容を明晰(めいせき)に語り「英語の進化形」といわれた。だがオバマ演説はさらに素晴らしい。46歳のオバマ氏が71歳のマケイン氏と並んだ時、どうテレビに映るか。通常は2期務めることを前提に大統領を選びますから、任期8年目には80歳を迎えるマケイン氏は不利でしょう。
政策に秀で、メディアを巧みにさばく。両方がこなせなければ大統領職は望めない。オバマ大統領が実現すれば、超大国アメリカは、人種問題を乗り越えた多民族国家として一段とたくましくなります。人々が「新しいアメリカ」を求めるならオバマ氏、「今のままのアメリカ」を望むならマケイン氏でしょう。
◇女性票取り込みカギ--国際政治学者・藤原帰一さん
オバマ氏は強いと思います。現時点での世論調査の数字は、本選の結果とはほとんど関係ありません。本選の行方を占うには、候補のことは横において、有権者の投票行動を左右する大きな要因から見ていく必要があります。
第一は、米国経済が不況にあることです。成長が滞り、ガソリン代が値上がりし、失業率も上がってきました。米国の有権者は経済が悪い時には与党から支持が離れます。これは鉄則なんです。
二つ目に、同時に行われる上下両院選で、民主党が有利な情勢にあることです。米国は再選率が高く、引退する議員数、候補の年齢構成などを見ると、今回は上下両院とも民主党が多数を占める可能性が高い。議会選での票の積み増しが大統領選でも民主党に有利に働くとみられます。
加えて、予備選が長期化した過程で、民主党がかなりの票を掘り起こしました。この三つの要因からみて、今回は民主党に非常に有利な選挙だということが言えます。
今後の支持率の動向を占いますと、オバマ氏は8月下旬の民主党全国大会に向けて支持を積み増していき、その後、緩やかに下がる。マケイン氏は9月初めの共和党全国大会に向けて支持率を上げてくるでしょう。9月26日に1回目の討論会があり、そこでどちらが優位に立つかで、その後の形勢が変わってきます。
マケイン氏は野党候補であるかのようにオバマ氏を激しくたたくでしょう。一方、オバマ氏は新しい米国の理想を示すような演説をすることが予想されます。マケイン氏がどの時点からネガティブキャンペーンを仕掛けるかがポイントになります。
微妙なのは女性票の動向です。オバマ氏はもともと女性票を取れる人でした。クリントン氏が「女性の代表」というのは、予備選が進む中で強めてきたイメージです。しかし、クリントン氏が選ばれなかったことで「本選でオバマ氏に入れない」という女性が出てきています。「ノバマ(オバマにノー)」をスローガンにしているそうですが、女性票をどれだけ取り戻せるかが大きなポイントになってくるでしょう。
一方、マケイン氏は弱い候補だと思います。一番の弱点はブッシュ政権との距離がはっきりしないこと。マケイン氏は必ずしもブッシュ大統領の言うことを聞いてきた人ではないけれど、批判を前面に出せばブッシュ政権の支持者が離れ、路線継承といえばブッシュ大統領の不人気を引き受けることになる。オバマ氏はそこを攻めればいい。今の状況では、マケイン氏は苦しいと見るべきでしょう。
日本の政官財界は共和党びいきが多い。実は中国もそうなんです。これには理由があって、ブッシュ政権は中東や欧州では失敗したけれど、アジア外交は成功した。日中両国と良好な関係を保った。ただ、日本側に誤解があるのは、民主党政権であろうが、共和党政権であろうが、米国は経済が悪くなれば保護主義に走るということです。
毎日新聞 2008年6月12日 東京夕刊