手嶋龍一

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「オバマと秋刀魚~日米政治の分かれ目~」

阿部 今日のテーマは少しシュールなタイトルです。「オバマと秋刀魚」。「マ」の脚韻を踏んだ単純な駄洒落ですが、カーティス教授の新著のタイトルの一部を拝借しました。さて、混戦のアメリカ大統領選挙は、ヒラリー・クリントン候補が勝ち残れる可能性が薄くなって、バラク・オバマ対マケインの戦いになりそうです。

カーティス先生もニューヨーク出身で、おそらく民主党支持だと思いますけれど、オバマ候補の登場の意味とインパクト、共和党のジョン・マケイン候補に対し優位に立てるのか、といったお話を最初にお願いします。

カーティス この大統領選挙、ひょっとしたらアメリカの歴史の中で一番盛り上がって面白い、一番意味のある選挙の一つになるのではないかと思います。選挙に無関心だった有権者もみなCNNをつけっぱなしです。予備選挙の投票率はふつう低いけれど、今年は非常に高く、4年前の倍以上の人が投票している。その60%が女性。これはヒラリー効果だと思うんですが。1月のアイオワ州、ニューハンプシャー州の幕開けから半年、やっと6月3日の予備選挙で全部終わる。候補を決めるのは代議員ですが、予備選挙で選ばれている代議員の多数派がオバマ支持ですし、3日の予備選挙が終わって1週間以内に、まだ表明していない人の多くがオバマを支持する。

問題はヒラリーがそこでやめるのか。党大会まで降伏宣言しない可能性はないといえない。いずれにしてもオバマが候補者になります。それで厳しい選挙戦になりますが、何が起こるかわからない。たとえば 9・11テロのようなことが起こったら、防衛問題が国民の一番の関心になって、マケインが勝つでしょう。ただ国内問題―経済、保険、サブプライムなどに国民が注目するならばオバマが勝つと思う。

阿部 日本人には考えられないほど長い耐久レース。国民に飽きはきませんか。

カーティス 長びいた選挙戦で面白い変化が起きました。キャンペーンが長すぎるとか、お金がかかりすぎるとかの声はほとんどきかない。専門家にも分からないこの複雑なマラソンレースをいいなと思う人が多くなった。もしも1月だけで候補選びをやれば、クリントンが大統領候補になった。オバマさんを知らない人が多かった。が、オバマのすばらしさがわかってきて、今の時点では「ヒラリー大嫌い」と思うアメリカ人が多くなった。演説はみな上手ですが、問題は候補者の人格や性格。それが見えてきた。

プライマリー(予備選)は大勢の人たちの前で演説し、テレビ広告新聞広告をする。コーカス(党員大会)は20人、30人が集まってコーヒーを飲みながらオバマかヒラリーを囲んで話し合う。プライマリーはホールセール、卸売りの政治、コーカスはリテール、小売の政治です。両方あるのが非常にいいと思う人が増えた。

また、インターネットが選挙に革命を起こしました。オバマは2月だけで55億円集めた。それを寄付したのが73万人。100ドル以下が90%、20ドル以下がその半分。すでにオバマは150万人から寄付を集めている。ヒラリーはたぶんその半分くらい。これまでのように利益団体とか労働組合とか大企業の寄付だけではなく、貧しいおばあちゃんが封筒に入れて送ったり、学生がVISAカードで送ったりする例が増えている。これは政治参加ですね。少しの金額を寄付することですごくコミットメント(関与度)が大きい。

日本は選挙の公示となると、ネット献金ばかりか候補者がメールをして有権者とコミュニケーションすることが禁止されています。ネットの影響力をよくわかっているのがオバマですね。彼は21世紀の候補者、ヒラリーは20世紀の候補者、マケインはどちらかというと19世紀の候補者かもしれないですね(笑)。

阿部 しかしオバマの肌の色は不利ではないのですか。

カーティス 日本では黒人というが、アメリカでは彼をアフリカ系アメリカ人とよく言います。オバマはお父さんがケニア人、お母さんが白人です。彼のおかげで今、アメリカの黒人は、イタリア系など他のアメリカ人と同じように、アフリカ系アメリカ人と呼ばれるようになった。この意味は大きい。

面白いことに、1月の中旬ごろまでニューヨークの黒人のタクシー運転手に聞いても、一人もオバマ支持者はいなかった。「残念ながらこの国はまだ黒人を大統領にする国になっていない。それよりもヒラリーを支持して民主党政権にすることのほうが大事」といっていた。しかし、住民のほとんどが白人という州でオバマが勝つと、アメリカの黒人に大きな衝撃を与えた。オバマは大統領になれるかもしれない、そうなれば新しい希望を持てる―というムードが強まった。

私もその通りだと思います。オバマが民主党候補になって無党派層の支持も集め、大統領になったら、アメリカ国内だけではなく、世界にとってもいいことだと思う。

阿部  FACTA最新号では、外交ジャーナリストの手嶋龍一氏がコラム(2008年6月号「手嶋龍一式インテリジェンス-人種という『禁断の木の実』」)で書いています。ヒラリーが人種問題に触れたこと、「恥を知れ」と激しい言葉でオバマを批判したことは「禁断の木の実」だと。オバマがヒラリーを副大統領候補にする可能性も取りざたされたんですが、あの批判でパンドラの箱を開けた気がします。

手嶋 今、カーティス先生は非常に正確なことをいわれました。アメリカはメイフラワー号にのってきた移民の子孫と奴隷の子孫の国、といわれます。従来は奴隷と移民の間には高い壁がそびえ立っていた。今でもそうです。では、オバマはどちらなのか。系譜としては移民の子孫です。奴隷としてアメリカに連れてこられた黒人ではありません。だからといって、オバマが白人に近いエリートの黒人とは私もいいません。カーティス先生もおっしゃらないと思います。白人のおばあさんが、暗い夜道を黒人がやってきて思わず怖くて避けた、という話を若いオバマはつらい気持ちで聞いた。オバマは黒人の苦しみをわが苦しみとしている。

私は2004年のボストン党大会の演説を身近にきいた者のひとりですが、「黒人のアメリカはない、白人のアメリカはない。今こそ人種の心をひとつにしたアメリカを」という名演説をオバマがして、彗星のごとく政界に躍りでてきたのです。

しかしヒラリーはまさに禁断の木の実、人種問題に触れて、オバマを攻撃しました。オバマは人種の統合を説く候補者だが、非常に狭い黒人のコミュニティを代表する候補者だと責めたのですから。この“毒まんじゅう”に手を出したヒラリーを、人間としてもステーツマン(政治家)としても後世は許さないかもしれません。

しかし、当座の戦いに勝ち残ろうという選挙戦術として、これほど起爆力のある戦術はなかった。オバマのスピーチでなく、オバマの師、ジェレミー・ライト牧師の発言から白人を攻撃する発言を取り上げ、オバマは狭い社会の代弁をしているに過ぎないと主張して、人種問題の扉を開いてしまった。これは何を意味しているのか。

黒人コミュニティの風下に立つ人たちがいる。とりわけ「プア・ホワイト」(貧乏な白人)といわれる層から「黒人の風下に立つのか」という不満を噴き出させる。それはすごい戦術だが、触れてはいけない戦術だった。大統領選挙に占める「プア・ホワイト」の動向、ヒスパニックの動向について、カーティス先生はどうお思いですか。

カーティス 人種問題にはいろいろな側面があります。まず今のアメリカで、もっとも人数が多いマイノリティは黒人ではなく、ヒスパニックです。劇的な変化で、1990 年から去年までヒスパニックの人口は2倍になりました。その半分がテキサスとカリフォルニアに住んでいます。ヒラリーが両州で勝ったのはヒスパニックのおかげと言えるのです。ヒラリーの支持者層は、女性と白人労働者、それも教育水準の低い人たちです。オバマの支持者は若い人、所得水準の高い人、そして黒人ですね。面白いのは、オバマが黒人のほとんど住んでいない州で圧勝しているのに、黒人の多い大都市で苦戦していることです。どうしてか。ワイオミングとか、サウスダコタとか、アイオワのように黒人が少ない州では黒人への恐怖感がない。オバマをただ素晴らしい候補者として見ています。しかしニューヨーク、ニュージャージー、ロサンゼルスなどの教育水準の低い白人は、肌の黒い人に対して恐怖感がある。コロンビア大学もニューヨークのハーレムに隣接していますが、その地域の黒人の青年のおよそ50%が刑務所に入った経験があると言われます。そのハーレムの近くに住んでいる白人は黒人を怖がっています。オバマはそれを乗り越えられるかどうか。11月の本選挙では、アメリカにまだ人種差別がどれだけあるのかが見えますね。

白人労働者がヒラリーを支持しているのは、オバマが黒人だからなのか、それともオバマのほうがエリートで、労働者の気持ちがわからないと思われているからなのか。先日、オバマは労働者階級が好きなボーリングをやってみせました。ところが、ネクタイも緩ませないで投げ、ガターだらけで点数は30点台。いかにもボーリングをしたことがないエリートだという感じが出て逆効果でした。

ヒラリーもエリートだが、そのへんは上手なんですよ、労働階級の人たちに親しみを感じさせる才能がある。オバマが民主党の候補者になれば、そういうヒラリーを支持した白人の労働者が、オバマを支持するのか、マケインに投票するのかわからない。わからないけど、基本的な観察では、私はそういう差別で投票する人は案外少ないだろうと思うし、思いたい。アメリカの奴隷制度が定着したジョージア州の予備選挙では、オバマが黒人票の80%を獲得したが、45%の白人の男もオバマに入れた。あのディープサウスでこれは革命的なことです。

阿部 対する共和党はマケイン候補に確定しています。先日、日本の外交官と話をしていて、オバマが勝った方が日本にとって得なのか、マケインのほうが得なのか、という議論になりました。日本の第一線外交官にとっても、オバマは新顔で、ブレーンもよくわからない。日本はアメリカに巻き込まれる恐怖、見捨てられる恐怖の間を行ったり来たりしています。

手嶋 そういう問いの立て方は、トヨタの最高経営責任者が今後の経営をどういうふうにすればいいのか、占い師に聞くようなものだと思うんですね。それは日本のリーダーシップがいかに疲弊してきているかということだと思います。世界第1の経済大国と第2の経済大国である日本。しかも日米同盟で東アジアの要石となっている日本が自ら外交上のリーダーシップを発揮すれば、「ジャパンナッシング」「ジャパンパッシング」など決してさせないのではないか。それは私のみならずカーティス先生の言葉として僕は紹介しているんですが。

カーティス マケインとオバマ、どちらがいいかはいろいろ意見があると思いますが、まず大事なのは、それを言わないほうが日本の政治家にとって賢明だと思います。「マケインがいい」と公の場で政治家が言ったとします。もしオバマが大統領になれば、その人を警戒しますよ。あくまでもニュートラルを維持することが大事です。

ビル・クリントンが大統領退任前にイギリスに行った時、トニー・ブレア首相が演説しました。クリントンをずっと褒め称えたが、締めくくりに次のブッシュとも同じように親しい関係を築くと言いました。当然でしょうね。イギリスは民主党とか共和党ではなく、アメリカとの特別な関係にあるという立場ですから。日本もそうでしょう。

もうひとつ、共和党が親日、民主党が反日という神話は、いつから始まったのでしょうか。佐藤栄作首相の頭越しに、キッシンジャーを中国に送りこんだのが共和党のニクソン。日米繊維交渉もニクソン政権でした。日本車輸出の自主規制はレーガン政権でしょう。ただ、民主党であってもたぶん同じことをやったと思う。民主党と共和党で対日政策はほとんど違わない。オバマもマケインも、日本との関係の重要性をよくわかっていると思う。

日本人が考えるべきは、どういう人が大統領になれば世界でアメリカの評判がよくなるか。もしも中東を平和的な地域にできるならば、それは日本にとって何よりも重要。日本の原油はほとんどそこから来ている。よく日本のジャーナリストにきかれるのは、オバマが大統領になったら何を求めてくるのか、ということですが、質問が古い。オバマに日本は何を求めるのか、日本はどういう世界にしたいのか、そのためにアメリカとどういう関係を持ちたいのか。そう考えるべきだと思います。

日本との関係をもっと重視して、早く日本を訪問してくれといったら、オバマさんは「WHY?」ときくと思う。忙しいし他の国も台頭しているし。Why Japan, forget about Japan(なぜ日本に構うのか、日本なんか忘れろ)がワシントンでよくいわれる言葉です。それに対して、日本から求めることを考えてほしいと思う。そういう政治になってほしい。

阿部 大変いいご指摘だと思う。ニクソン訪中のお話が出てきましたが、1972年のアメリカの外交教書の中で、日本のアメリカ依存に触れています。「日本はアメリカに依存していて身勝手。アメリカが突然、中国に接近してもそれは日本の目を覚まさせるのにいいことだ」と書いてある。事前にニクソン政権はシグナルを発していたのですが、さきほどの設問の主体性のなさが早くも指摘されています。

日本はアメリカから受け身で、同盟の利益を享受する立場にあって、何も積極的に働きかけようとしない。このフォーラムのタイトルの後半部分、「秋刀魚」の話になっていきますが、日本はどうするのかでなく、高みの見物をしているところがある。手嶋さんは日米関係の空洞化を指摘されていますが、今の福田政権はそういう病気が治っていないということでしょうか。

手嶋 私は二言目には「アメリカでは」と言い出す「出羽守」ではありません。それでもこの大統領選挙を見ていて、日本の政治との決定的な違いを感じます。プライマリー(予備選挙)やコーカス(党員集会)という過酷なレース、ほとんど1年以上前から過酷なレースが始まっている、それに出馬するだけでなく、圧倒的な影響力のあるアメリカのメディアが待ちかまえている、一瞬でも戦術上の誤りを犯したり一瞬でもハプニングが起こっても、有力候補の座からすべりおちる、そういう過酷なレースを走り続けてきた3人は、いずれも2世ではありません。

クリントン候補にはあそこまで粘らなくても、と思いますが、あれほどの強い意志をもってレースを走り続けるタフさは、端倪すべからざるものがあります。これに対して福田さんのように、安倍政権崩壊のあと「今度は大丈夫そうだから」と総裁選挙に出馬する人の間には大きな違いがあります。

過酷なレースを走ることは文句なくいいリーダーを引っ張り出す。日本では指導者を生み出すシステムに、重大な欠陥があるように思います。日本にいいリーダーがいないのは日本だけの問題でなく、世界に重大な影響を与えています。やっぱりいいリーダーは必要です。政治家はこの程度でいいという俗論が流布したことがありますが、それがいかに俗論かということをこの機会に考えたいですね。

阿部 カーティス先生は1960年代、日本の政治家に密着しつぶさに観察して「代議士の誕生」という名著を書かれました。日本の政治が遅れているという通説に対し、そこに積極的な意味を見いだしてきたと思うのですが、日本の政治の現状をどうごらんになっていますか。

カーティス 最近のエピソードを申し上げましょう。僕は3週間前に北朝鮮の平壌に行ったんです。北朝鮮外務省の招待で政府高官と話し合った。向こうも我々のことをよく調べていて、日本の話になった。シンガポールで米朝交渉が前日にあり、北朝鮮側は「われわれはアメリカと交渉し、なんとか第2段階を成功させてテロ支援国家指定から解放され、経済制裁の解除にもちこみたい」と言ったうえで最後にこう付け加えました。「対米交渉がうまくいけば、日本のほうが慌てて飛んでくる」こんなふうに日本がバカにされるような状態なのは非常に残念ですね。福田総理は北朝鮮と交渉したいと思いますが、その力がない。でも福田総理がやめてもこの状態は変わらない。何か構造的な問題だと思う。

僕の新刊の副題は「日本と暮らして45年」です。いろいろな日本人と知り合いましたが、昔の政治家は面白い人がいっぱいいた。大平正芳さんとか、今の福田総理のお父さんの福田赳夫さん、官僚上がりなだけじゃなくて、官僚を使う方法をよく知っていた。今の日本の政治家はみな小さく見えます。「時事放題」で中曽根(康弘)元総理と一緒になりましたが、 90歳になられたのに凄い人だと思いました。私と必ず意見が合うわけではないが、でもすごい。中曽根さんは一番最初に会った日本の政治家ですが、会うたびに勉強になります。

今の政治家はみな2世議員ですね。小選挙区制は日本にとって非常に悪い制度だと思います。エネルギーがない。民主党が強くない選挙区だったら、自民党の2世議員は競争する相手がいない。それで質が悪くなっていると思う。福田さんがやめて麻生太郎さんになっても、小池百合子さんになっても、政治がよくなるとは思えませんね。もうちょっと時間が経って若い人が出てきたら、政権交代が起きてよくなる可能性が出てきます。民主党には今のところ政策通は多いが、政治通は少なすぎます。政権をとって政権を持つ経験をして、政治がわかる人たちがそろえば、もっと日本の政治はよくなる。

日本では「創造的破壊」というが、意味は「建設的破壊」ということですね。今の日本はそういう段階にあると思う。見えるのは破壊だけですが。早くジェネレーション・チェンジ(世代交代)すること。オバマは40代です。大統領に当選すれば、新しい人たちをワシントンに連れていって、新しいエネルギーが生まれる。日本の近い将来は悲観、中期的には新しい展望が生まれる、そういうふうに僕は見ています。

阿部 僕らジャーナリストが見て、どうにもならないと思うのは福田政権の支持率の低さ。2割前後でねじれ国会。政策がほとんどできない。衆議院で3分の2の再可決が最後の手として使えますが、福田さんが自嘲したように「気の毒なぐらいがんばっても」何もできない閉塞状況にある。この打開策はあるのでしょうか。

手嶋 この会場におられる方々で、一人も賛成を得られないと思いますが、明治の日本は「お雇い外国人」がいたように、首相に「お雇い外国人」を置いたらいかがでしょうか(笑)。サッチャーさん、リー・クアンユー、李登輝さん、みな立派な方々で、そういう方に日本の総理になってもらったら、と考えます。

昨年夏、李登輝さんにインタビューしましたが、哲人政治家の名前にふさわしい方で、自宅が天井から全部本なんですね。「この本は全部読んでいないと思っているでしょう、どこでもいいから見て下さい」と仰るので本を開いたら、随所にアンダーラインが引っ張ってあった。レーガンが好きでよく読んでいましたね。

なお今、世界が自分を求めているのなら、今すぐにでも行って政に、という人たちはたくさんいますよね。その方々にお願いしたらと思うほど、日本ではリーダーになるシステムが崩れている。カーティス先生は「人種問題をアメリカが乗り越えつつある、そう信じたい」と仰った。ひょっとしたらアメリカ国民は大変なエネルギーでそれを乗り越えつつある、今までの形でなく新しい段階に行けばこの国はものすごく強くなる、そう思います。やっぱりその点で、リーダーを選ぶプロセスは非常に重要だと思う。

阿部 日本人はこれだけリーダーが頼りないと、過剰なほど自信喪失に陥る。アメリカはイラクでこれだけ泥沼にはまり、経済もサブプライムで大変なのに、ああいう激烈なリーダー選びでなんとか再生しようとしていますね。

カーティス それは自信喪失の問題ではなくて危機感があるかどうかだと思う。小泉さんが総理大臣になって5年目の夜、二人で食事をして、彼が振り返って話をしてくれた。なぜ総理大臣になったか。そのときに日本人の危機意識が強かったから。あの「構造改革なくして経済成長なし」という小泉さんは自民党総裁選に三回も出たが、三回目の2001年に総理になれたのは、日本にその前になかった危機意識があったからでしょう。今は自信喪失というが、多くの場合日本人に危機意識がない。「日本の経済は順調、輸出も強い」と財界人に危機意識がない、一般国民も不安があっても危機感は乏しい。だから福田さんみたいなタイプが総理大臣になれる。

アメリカはやっぱりイラクの大失敗が原動力です。日本で格差問題がいろいろいわれるが、アメリカはその比ではない。私の大学の事務所の窓から眺めるのはハーレムです。暖房もない部屋に住む人が多くて、若い人たちが犯罪に走る。小学校で武器をもっていないか調べる。日本では考えられない貧しさがある。

アメリカの4分の1がブッシュは建国以来最悪の大統領という。これが4年前だったらありえない話です。福田さんは2世議員で、大臣は官房長官しかなったことがない。それ(経験不足)が問題というより、一般国民に危機意識がないことのほうが問題ですね。怒らない、怒りがない。本当に怒ったら、日本の政治家も応えると思う。

それと、日本のジャーナリズムの問題が大きいと思う。政治報道は番記者制度と記者クラブ制度に毒されています。後期高齢者医療制度、2年前に法案が通った時に「こういうことになる」という情報を与えてない。なのに今は非常にエモーショナルになっている。昨日、「時事放談」から始まって「報道2001」、NHK、田原さんの番組(サンデープロジェクト)を全部見てましたが、イヤになりますね。

舛添さん(厚生労働大臣)が番組に出演した。アンカーは「厚労省の官僚が悪い。貴方は騙されています」という。でも、官僚が悪いのは大臣の責任。そのことをいわないで「政治家はかわいそうだ」というインタビューをするような記者の発想は古い。そのとき、大臣は[そう言わないで欲しい。責任は私にありますから官僚のせいにすべきではない]というべきだと思うが、官僚バッシングは政治家もジャーナリストもやりすぎると思います。それに、政治記者は政界記者とか政局記者ではないはずなので、もっと政策の話をしなければ。今の日本ではなんでも財政再建ですが、財政のプライマリー・バランス(基礎収支の均衡)を 2011年までに均衡させるのが本当にいい事かどうか、なんでも小さな政府にすることが高齢化する日本にとっていい選択かどうか、消費税を上げるのは本当に良くない事かどうか、日本のジャーナリズムはもっとこれについての情報と分析を国民に与えるべきのではないでしょうか。

手嶋 ホワイトハウスにもプレスクラブはありますが、日本の記者クラブとはまったく違う。日本の記者クラブは談合組織です。ゼネコンも今や談合をしていないわけですから、もっとも劣悪な談合組織です。いま日本にある記者クラブ制度のようなものは、日本以外にはジンバブエだけと言われるほどです。

中国の胡錦涛主席が日本を訪問したとき、歯の浮くような共同声明を出した。小泉政権の時代からどんなふうに中国が舵を切ったのか、精緻なレポートは日本のジャーナリズムにまったくない。FACTAには載っていますよ、(安倍訪中の)スクープもしていますよ、でも一般の新聞にはまったくない。一部140円に値するような情報をほとんど受け取っていない。東京地検のニュースでも、当局のお墨付きが出て初めて書く。これは本来のジャーナリズムといえるでしょうか。

阿部 リークということですね。政府は一番都合のいいときに都合のいいことをもらす、そこで記者クラブで全員右へならえの報道が始まる。だからほとんどスクープは存在しない。厳しいチェックがないから、政治も官庁も楽をして、自分の思うように日本の社会を動かしてきた。カーティス先生が日本の政治を悪くした理由と断罪されるのももっともだと思います。

手嶋 アメリカ大統領選挙の候補選びの山場、2月のスーパーチューズデーで、カーティス先生は「オバマの命が本当に心配でならない」と仰っていました。アメリカの憲法は人々が武装する権利を認めています。このためミリシアと呼ばれる私的に武装した軍隊がディープ・サウスにはいまなお存在しています。これらの人々はプアー・ホワイトという所得の低い白人層が中心であり、人々の海の中に潜んでいます。オバマはそんな身の危険を承知で、選挙民の海の中に入っていく。アメリカは大統領選挙を通じて人種の軋轢を徐々に乗り越えていく可能性があると思いますが、アメリカ政治の政治地図の極右に潜む「少数の刃」を抜き取ることは至難のわざでしょう。

カーティス アメリカは銃を持つのは自由だから持っている人が多い。誰かが大統領を殺そうとすることは充分あり得る。成功した例もある。僕だけじゃなくて、みんな暗殺の問題を心配している。ヒラリー・クリントンが、ロバート・ケネディは6月に暗殺された、だから私は選挙戦を降りない、と失言したことに大きな反響があった。みな暗殺が頭にあるから、(オバマが殺されればという)意味ではなくても問題になりました。彼女が「(この失言で)ケネディ家が気分を害したのだとしたら謝る」と釈明しましたけどね。オバマはシークレットサービスが昨年夏からついているが、誰かが殺そうと思えばその可能性がある、もしも選挙の前に暗殺されたらアメリカの社会はどうなるのか、非常に怖いことだと思う。

手嶋 上院議員になって早々の青年政治家オバマとは、私もワシントンで言葉を交わす機会がありました。でも、大統領への道をめざしはじめて、シークレットサービスを従えたオバマは、やはり別人のように見えます。「暗殺されるかもしれない。にもかかわらず大統領への道を歩む」という堅い意志がオバマという青年政治家を鋼のように鍛えているのでしょう。

カーティス オバマだけではなく、ヒラリーもそういう思いで出馬したと思う。アメリカで政治家として挑戦するとなると、日本ではとても考えられない、死と背中合わせの危険性があります。

手嶋 日本のリーダーは暗殺の対象にすらなりませんね。でも1960年代、社会党の浅沼委員長が右翼の青年に暗殺された頃までは、日本の政治も暗殺の季節のなかにあったのです。

カーティス アメリカは西部劇そのもので、これは非常によくない。ただ実際問題として、アメリカは常に暗殺のリスクに直面している。犯罪そのものがアメリカでは誰も驚かないことだから。日本は幸せな国なんです。暗殺される危険がないから、もう少し勇気を出して、命がけで政治をやればいいのにやらない。

1週間ほど前に福田総理と1時間話をしたんです。僕は福田さんのバランス感覚、外交の考え方などを評価しています。面白かったのはとても元気だったことです。半年前、大連立未遂のちょっと前もお会いして楽観的だったんですが、今回は前よりも元気でした。「国会がもうすぐ終わる」「まだ総理大臣の座にある」からでしょうか(笑)。中国から胡錦涛主席が来日されて、戦争責任の話は一切なしで会談した。中国では首脳会談の報道が放送された。この訪日はとてもよかったと思う。できるだけのことはやっているし、それ以上はしょうがない、という。

でも、福田さんには戦略があるようにみえません。小沢さんも「早く政権交代」と自民党を追い込むだけで、それしかない。 政治家は戦略、ビジョン、説得、これが一番大事です。福田さんは戦略もビジョンもなく、説得の努力が足りない。オバマは演説上手ですが、何日も準備しているんです。ほとんど暗記して練習する。福田さんも小沢さんもそのような努力をすべきです。国民を一生懸命説得する努力は政治指導者の義務だと思います。

二人で話をすると、説得力のある話も出てくるんですが。国民にむかって、自分のやりたいことはこうだ、ビジョンはこうだ、と丁寧に説明して説得するのがリーダーシップでしょう。福田さんは「いい事をやれば、国民もそのうちわかってくれる」と言う。これはリーダーの言葉ではありませんね。

野党と協力が出来なければ、野党のことなど放っておいて、国民に顔を向ければいいんです。小泉さんのようなカリスマ性がある必要はない。8年間大統領をつとめたアイゼンハワーもカリスマ性はなかったが、安心感があった。一番大切なのは説得すること。それが日本の政治家には足りない。今の日本の政治家の大きな構造的問題だと思う。

阿部 カーティス先生の新著「政治と秋刀魚」のうち「秋刀魚」の意味は、東京郊外の西荻窪に先生が下宿したときに初めて秋刀魚を食べ、それ以来、日本が好きになったということです。懐かしいあの庶民の味に日本の良さがある。今は一見リーダーシップを失っているようですが、日本の復活へ励ましの言葉と受け取りたい。復活の芽に何があるのか、最後にひとつ挙げていただきたいと思います。

カーティス それの話題をおしゃべりするだけで、また2時間必要になりますね(笑)。日本人は日本を悲観するのが好きな民族だと思う。小松左京が「日本沈没」という小説を書きましたね。大ベストセラーになって、日本は沈没するだろう、ダメになるとみんなが言った。小渕総理も「何かしないと日本に明日はない」というのが口癖だった。小泉さんは全然違う。沈没論的なことを言ったことがない。「がんばればよくなるよ」と。楽観的なメッセージが必要なのをよくわかっていた。

日本には「グローバリゼーションにのっかると国がダメになる」と言う方々が多い。他方で「アメリカをまねすべきだ」という勢力も多い。両方の共通点は、日本に自信がないことです。アメリカを真似しないとダメになるという意見に反対する人たちは、ナショナリストを自称していますが、実はいちばん自信のない人たちですね。

日本は2千年近い歴史をもって、思想も言葉もアイデアも外国から吸収して自分のものにしてきました。戦後もアメリカが6年間も占領していろいろ改革しましたが、アメリカのような社会にはならなかった。もっと日本に自信をもって、日本を変えていく必要があります。そういうリーダーが求められていると思うが、なかなか出てこない。いずれ出てくると思って、日本の研究を飽きずに続けたいと思っているんですがね。

難しい時にリーダーが希望を与えるのは非常に大事なことです。今のアメリカは希望を与えるリーダーが必要です。だからやっぱり希望を与えるオバマが台頭してくるんです。希望を与えて行き先を見据えるのが、リーダーにとって重要だと思います。日本のいいところ、価値のあるところは、もう話す時間がないから、私の本を買って読んでもらえればと思います(笑)。

2008年5月26日 FACTA誌主催で開催

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