手嶋龍一

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手嶋×阿部 「米大統領選を100倍楽しむ」トークイベント

1.『先行指標』ニューハンプシャー

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阿部 アメリカの大統領選挙は序盤の予備選挙・党員集会から荒れ模様です。順位が予想以上にくるくる変わります。日本にとっても、唯一のスーパーパワーがイラク戦争の泥沼からいかに立ち直るかどうかが重要な分かれ目。それをフォローアップするのが今日のトークイベントです。手嶋さんは、NHKのワシントン支局員、支局長、そして大学のフェローとして十数年もアメリカの政治をご覧になってきましたが……。

手嶋 民主・共和両党8人の候補者リストをご覧ください。なかなかの顔ぶれです。アメリカという国のスケールの大きさを伺わせる人材がずらりと並んでいます。このうち、大統領になれるのはたった一人。しかし、この戦いに挑んで消えていく人たちの存在も重要です。敗れ去るものたち、彼らはアメリカのデモクラシーの懐の深さを体現しています。

日本が半世紀を超えて安全保障同盟を結んでいるアメリカという国の奥深さを感じない訳にはいきません。いま、イラク戦争のゆえに、アメリカは世界の中で孤立し、評判が悪い。だからといって、アメリカに留学するのを辞めてしまうという気の早い日本の若者がいますが、これほどの戦いを繰り広げる国の動向には、やはり関心を払っておかなくてはなりません。

阿部 誰もが驚いたのは、ニューハンプシャーの予備選挙ですね。大本命ヒラリー・クリントン候補が負けるのではないかと直前まで言われていたのに、蓋をあけたら辛勝ではあるが、意外なことにヒラリー候補が勝ちました。

手嶋 雪深いニューハンプシャーの予備選で大統領候補としての産声をあげ、戦い抜いていく候補者たちの姿はすさまじいものがあります。

私は馬券師としてはいささか自信があるのですが、今の段階で大統領選の勝ち馬をあてるのは邪道だと思います(笑)。なぜなら、まだ最終的な勝者を当てるだけの判断材料が出揃っていないからです。どうしても勝ち馬をというひとは、アイルランドのブックメーカーにお金を掛けることをお薦めします。今でも、もうすでに賭が始まっておりその掛け率は選挙情勢をを映してなかなかに正確です。

アイオワ州、ニューハンプシャー州の結果から言えば、大きな影響を及ぼしたのはアメリカのメディアの存在でしょう。アメリカのメディアにとっては、ここでヒラリー候補が二連敗を喫して戦線から消えてしまえば、大統領選挙という巨大な興行が成り立ちませんからね。これから、ヒラリー対オバマの鍔迫り合いがかなり長期に渡って続くという想定でアメリカのメディアはビジネスを組み立てていたのですから。

阿部 本選は11月4日ですが、そこにいたるまでのプロセスが複雑なので、ここで説明しておきましょう。

基本は2段階。予備選や党員集会を経て民主、共和両党の全国大会でそれぞれの候補を絞り、本選で決戦投票になります。ただ、ニューハンプシャーのように、インディペンデンツと呼ばれる無党派層の投票を認めたり、認めなかったりと、州ごとに違って、仕組みは複雑です。

手嶋 選挙戦を闘っている候補者ですら、完璧に仕組みを理解している人がいないくらい、アメリカ大統領選挙の仕組みは複雑です。

ただ、ニューハンプシャーは全米で最初に予備選挙をする州(アイオワは最初に党員集会を開く州)ですが、全米で最初に選挙をやると決めたニューハンプシャー人は、アメリカ政治史上、最大の天才なのかもしれません。選挙人はわずか4人、本選挙ではほとんど影響力を発揮することができません。そのため、予備選挙を全米に先駆けて行うことで北辺の小さな州の発言力を担保したのです。

候補者によっては、10年も前から大統領選挙に出ることを想定して、ニューハンプシャーに布石を打っているほどです。ニューハンプシャーにテレビ局を持つ経営者は、経営の心配がまったくありません。たった2週間で4年分のCM収入を稼いでしまう。あらゆる候補が惜しみなくCMを流しますからね。

私も見たことがあります。ニューハンプシャーの小さな新聞社の社主が、ワシントンの空港で上院議員に出迎えられる光景を。それほど絶大な影響力を持っているのです。上院議員はほぼ全員が大統領選に出る可能性があるので、この州の利害に反するようなことは絶対にしないのです。

とりわけ、午前0時を期して投票するハーツロケーション村では、30人ほどの有権者が全員集まって投票します。0時5分には全米で最初の選挙結果として報じられるので、有力な大統領候補はこぞって雪の中をたった30人の村を訪ねて行くのです。

30人しかいませんから、それぞれに会って誰に投票したかを取材することも可能で、ゴアvs.ブッシュの選挙の時に、あるおじさんは「ゴアには2回しか会ったことがない」と言っていたほどです。

当時、90歳を過ぎたお婆さんに一番印象に残っている選挙を聞いたところ、「1960年のケネディvs.ニクソンの激戦が凄かった、ケネディからはサイン入りの大きな写真をもらった」と言っていました。でも、どこにしまったかは憶えていないんですね。それほど多くの有力候補に投票を頼まれているのです。全米で最初に大統領を選ぶ村の1票の重さが窺われます。

阿部 ちなみに今回の選挙でのハーツロケーション村の結果を見てみましょう。まず、注目の民主党ではバラク・オバマ候補が9票と断然優勢で、それを追うヒラリー候補は 3票、エドワーズ候補が1票。一歩の共和党は、マケイン候補が6票、ハッカビー候補が5票、ロムニー候補が1票です。

手嶋 順位そのものはニューハンプシャーの結果とは必ずしも一致しませんが、やはり新星オバマ候補がかなりの人気を集めているのが分かりますし、共和党ではマケイン候補の躍進をはっきり予測した形になっています。ハーツロケーション村の結果はあなどれないと言えましょう。

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