手嶋龍一

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「インテリジェンス」という言葉を世に知らしめた 『ウルトラ・ダラー』の著者が語る機密情報の世界」

対談 佐藤可士和×手嶋龍一

偽ドル札の謎を追うスパイが、国際的な核ミサイルの密輸事件に巻き込まれて・・・!波乱とスリルに満ちたベストセラー小説『ウルトラ・ダラー』。著者である手嶋龍一氏は、8年にわたるNHKワシントン支局長時代に、9・11テロ事件に遭遇するなど様々な歴史的瞬間に立ち会った。

「インテリジェンス」と呼ばれる機密情報を操る仕事は、意外にも可士和さんの仕事と通底するものがあった。

近未来を読み解く鍵は 「インテリジェンス」にあり

可士和 手嶋さんのベストセラー『ウルトラ・ダラー』を読ませていただいて驚きました。いわゆるスパイ小説という分類に属すると思いますが、物語に出てくる機密情報に圧倒的なリアリティがあり、ノンフィクションに限りなく近い気がします。実際、この小説通りのことが世界で起こっていますよね。

手嶋 僕は、05年の夏にアメリカ東海岸のセント・マイケルズという小さな港町でこの作品を書きあげました。その時点では事件は何も起こってはいなかった。ところが、この本が出版されるや、物語の中の出来事が次々と現実になっていきました。

可士和 まるでこの本が未来の出来事を予言していたかのようですね。

手嶋 それで「インテリジェンス小説」と呼ばれるようになったのでしょう。確かに僕は、NHKの海外特派員として、数々の機密情報に接してきました。こうした情報は、「インフォーメーション」ではなく、「インテリジェンス」なのです。情報を選り分けて裏をとり、その意味を分析する。その果てに近い将来に何が起こるかを読み解くのもだからです。『ウルトラ・ダラー』も、機密情報を分析・検証し、近い将来、起こり得る事態を予測して書いたものなのです。無謀にも未来という名の悪魔の領域に分け入っていったのです(笑)。

可士和 それが的中したわけですね。

手嶋 可士和さんだって僕と同じ仕事をされているじゃありませんか? 時代の流れをつかみ、トレンドを分析し、いかにデザインすれば、世の人びとの心をつかめるか。近未来を予測して形にしているでしょう?

可士和 確かに! 僕も最初にユーザーやクライアントについて徹底的に調査や分析を行ないますね。そのデザインが出来上がって世の中に出るのは2、3年後という場合が多いですから、それくらい先の未来を見据えてデザインします。

手嶋 やはりそうでしたか。可士和さんも僕も、リアルワールドと徹底的に切り結び、調査分析を行い、新たなものを世に提示している。僕は文章で、可士和さんはデザインで。そうして自分なりの仮説をたて、近未来を予測しているのだと思います。

活字の中に真実はない。極秘情報は口伝えに漏れる

可士和 それには現実社会の中で、真実を見抜く目が必要ですよね。でないと近未来の予測もぶれてしまう。

手嶋 その通りです。僕の仕事では真実は活字の中にはありません。

可士和 活字というと文書とか?

手嶋 具体例をひとつ。戦前の東京には伝説のスパイ、リヒャルト・ゾルゲがいた。特高と呼ばれる秘密警察の監視下で東京に住み、「キリキリと胃がさいなまれる暮らしだ」と本国に報告しています。でも、東京には細やかな気遣いができ、知的で美しい女性が溢れていました。世界最高の水準といっていい。ゾルゲはそんな女性たちにひどくもてたのです。彼女らと暮らし、東京生活はじつに楽しかった。でも記録にはそんなことは一行も書かれていません。記録に残るゾルゲ像と現実のゾルゲ像には大きな落差がある。それを分析して読み解き、真実に迫る。それがインテリジェンスの技なのです。

可士和 面白いですね。インテリジェンスという機密情報を扱う仕事をする人に、必要な資質は何ですか。

手嶋 人柄が魅力的で、聞き上手。この人になら全てを語ってしまいたいと思わせるような。真に貴重な情報は魅力的な人を介してしか漏れてこないものなのです。

可士和 僕もクライアントにいろんな聞き込み調査をします。これを僕は「問診」と呼んでいるんですが、やはり問診から得た情報の中に、大きなヒントがありますね。

手嶋 畑違いの仕事なのに共通点がずいぶんとあるものですね。実はそうじゃないかと見立ててやってきたのですが(笑)。

可士和 さすがです。『ウルトラ・ダラー』には事実も多いのに、小説というフィクションにした理由は?

手嶋 情報源を秘匿しなければならないからです。情報のプロにも出所をけっしてつかまれてはいけない。物語では、壁をピンクに塗った鎌倉のスパイ養成校が登場し、ユーミンの詞が教材に使われている。編集者から「ちょっとやりすぎでは」と言われたのですが、すべては実在するのです。現実の出来事は、合理的であろうとする小説を破砕するエネルギーを秘めています。

可士和 国家機密レベルの情報をそんなに知っていて危険はないですか。

手嶋 『ウルトラ・ダラー』の発売日、事件に関係する地域の書店からは本がさっと消え、身辺には危険の影が差していました。でも予測の範囲内でしたよ。そんな仕事を選んだのですから仕方がありません(笑)。

UOMO誌2008年1月号掲載 「可士和談議~現代の空気を語り合う 連載第19回」

佐藤可士和さんのプロフィール
クリエイティブディレクター/アートディレクター。1965年東京生まれ。
多摩美術大学卒後、博報堂を経て、2000年に「SAMURAI」を設立。07年に明治学院大学客員教授に就任。『佐藤可士和の超整理術』(日本経済新聞出版社)を同年9月に上梓。

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