手嶋龍一

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ニュースは見たいものだけ見ればいい

「すべて知らなければ」なんて思い込まなくても日々の暮らしになんの支障もありません。

北朝鮮には隠された 核施設がある可能性も

“メディアが日々報じるニュースを事細かに追いかけなくても、日常の暮らしで困ることなどない”。ジャーナリストがこう断じると戸惑う人もいるでしょうが、ボクの実体験から得た結論です。

日本には限られた記者だけで組織される閉鎖的な記者クラブ制度がなお存続しています。実は日本以外では、アフリカの独裁国家くらいしか存在しない談合システムなのです。そんな場所から発信される情報と真剣につきあう必要はありません。お役所的なニュースには、本当に読者の視点にたった情報などあるわけがない。“すべてのニュースを追いかけなければ”と思い込むことはありません。

ニュースは見たいものだけを見ればいい。その一方で、それらのニュースにはメディア側の独りよがりな視点が入り込んでいることにも注意すべきでしょう。要はニュースに向き合う自分なりの視点を養っていくことが大切なのです。

たとえば、北朝鮮の核放棄に向けた6か国協議の動向。今年 2月13日、アメリカ、北朝鮮、中国、日本、韓国、ロシアよる協議で「北朝鮮が寧辺にある核関連施設の稼働を停止する初期的な措置に応じれば、重油5万トンのエネルギー支援を行う」という合意が成立しました。北朝鮮は、アメリカがマカオの銀行に凍結していた資金を返還したことで、ようやくこの 2・13合意を実施する姿勢を見せ始めています。この 7月、北朝鮮は、重油 5万トンのエネルギー支援を受け取り、およそ 30億円の凍結資金も、ロシアの銀行が仲介で受け取り、寧辺の核関連施設の稼働停止にようやく応じたのでした。

遅れに遅れていた北朝鮮の核問題は、ようやく動き出したように見えます。しかし、北朝鮮が、核の放棄に向けて本格的に動き出したと見るのは、あまりに楽観的です。

北朝鮮側は、偽ドルをつくってマネーロンダリング、つまり資金洗浄した “ 黒い金 ” である、およそ 30億円をなんとしても取り戻したかった。金正日政権を維持するには、それらの資金を使って香港で高級ブランド品を買い求め、幹部の夫人たちにプレゼント攻勢をかけて、人心の掌握までしなければならないのです。ひどい電力不足を凌ぐためには、重油もどうしても手に入れたい。当座は国際社会の意向を受け入れたポーズを取っている、と見ておくほうが賢明です。このように何ごともうわべの経過を追いかけていては、物事の本質はなかなか見えてこないものです。

現下の協議では、次のステップとして、北朝鮮にすべての核計画について申告させ、既存の核施設を完全に無能力化させることが課題です。既に製造し、貯蔵してある核爆弾も申告させ、処理しなければなりません。核爆弾には、“長崎型” のプルトニウム爆弾と“広島型” の高濃縮ウラン爆弾の 2種類があるのですが、後者は遠心分離器で製造できるため、施設を突き止めることが難しい。このため北朝鮮がこうした核計画を正直に申告する保証はなく、隠された核施設が存在する可能性を否定できません。このことからも、北朝鮮に核を放棄させることがいかに難しいかおわかりいただけましょう。

こうして見てみると、日本にとって核問題はひどく身近なところにある脅威なのです。ですから、わが身を守るためにも核関連のニュースには注意を払っておくべきです。日々のニュースに振り回されるだけでは、くたびれるだけです。

新潟県の中越沖地震で被害を受けた、東京電力柏崎刈羽原子力発電所のケースを素材に、押さえておくべきポイントを見ておきましょう。

柏崎刈羽原発は、日本の危機管理能力の低さを露呈しました。地震によって電源用変圧器で火災が発生し、初期の消火体制が十分に機能しなかったこともあって、鎮火に 2時間近くもかかってしまった。建設前の調査で、地震の震源地近くに断層が見つかっていたことも判明しています。巨大な危機は、往々にして我々の“想定” を超えるところで起こるもの。“想像すらできないような事態を想定せよ”という危機管理の前提に立ち返って、問題の洗い直しが必要でしょう。

重大な危機ほど、我々の想定を越えて生起する

なぜこういうことになるのか。理由は日本が原子力エネルギー供給体制という、巨大かつ複雑なシステムを運営する能力を十分に備えていないためです。だから 04年に美浜原発の蒸気噴出事故などで死傷者を出しながらも、危機管理体制を構築することができなかった。原子産業は巨大ですが、研究機関の構造がタテ割りなのです。海外の名門大学のように技術的な専門分野の枠を超え、さまざまな社会的分野と連携しながらマネジメントしていく方法論を研究してこなかった。しかし日本でも、そうした研究を行う大学院を慶應大学が創設するなど、原発をめぐる状況は変わってきています。

“原子力発電は安全で安心”だと地域住民に訴える時代はすでに終わりました。“原子力は事故と隣り合わせだ”という前提に立って、地域社会と共生を計り、周辺住民と対話をしなければならない時期に入ったといえるでしょう。

ニュースの基本的な役割は、生起した事実を簡潔に伝えることにあります。ですから受け手としては、ニュースの “ 行間 ” を読み取り、真に大切なことをつかみ取るため、ニュースの受取手としての自分を鍛えていかなければなりません。


手嶋が選んだ5本

1位  6か国協議、北朝鮮の核施設の 無能力化期限を設定できずに終了('07年7月20日)
北の核問題をめぐる6か国協議は、核施設の再稼働不能や核計画の申告を求めたが、目標期限は詰められなかった。

コメント  「軍事超大国アメリカが、北朝鮮に核の完全放棄を約束させられずにいるのは、イラクでのつまずきが主因。北朝鮮への力の行使はないと足元を見られている。誤ったイラク戦争のツケが東アジアに」

2位  東電の柏崎刈羽原子力 発電所に、停止命令 ('07年7月18日)
新潟県中越沖地震により、変圧器の火災が発生、安全確認不能に。市や経済産業相が運転停止の指示を。

コメント  「原子力発電の必要を訴えるだけではいけない。電力会社は地域住民に事故の危険も正直に伝えながら、より安全な原発づくりについて対話を深める時期に来ています」

3位  中国『国家食品薬品監督 管理局』の前局長が死刑 ('07年7月11日)
約1億の賄賂受領や偽薬承認の罪で中国の元医薬行政トップ・鄭篠萸前局長が、わずか半月の審議で処刑された。

コメント  「劣悪な製品を輸出する中国に国際社会から厳しい目が。政府機関の幹部らを死刑にするのは見せしめなのでしょうが、こうした措置は、中国が本当の法治国家でない証でもある」

4位  英首相にブラウン氏が就任、 政策を変える意向 ('07年6月28 日)
10 年ぶりの首相交代で、労働党首のブラウン氏が就任。イラク戦争などで失った政治の信頼回復の必要性を示す。

コメント  「ブッシュ政権に賛同してイラク戦争に参戦したブレア政権は、任期を2年残して退陣に追い込まれました。次期米大統領選も、戦争を始めた共和党にとっては厳しい選挙戦になるでしょう」

5位  馬の競売、わずか3日間で 総取り引き115億円超 ('07年7月13日)
北海道のノーザンホースパークで行われた JRHA による馬の競売の最高落札価格は、1馬 3億円。

コメント  「地方は疲弊していると言われながら、民間牧場の主導で世界規模の競走馬セールを開き、新たなマーケットを創造している。地方が国の公共事業に頼る時代はとうに過ぎ去った、象徴的な出来事」


コラム 手嶋さんの私的関心事

「雑踏を逃れて執筆に取りかかるときは、馬と触れあう北海道の牧場へ。朝もやの林をのなかを疾駆する馬たちに心惹かれます」

あのディープインパクトを産んだ競走馬の故郷 『ノーザンファーム』 に書斎を持つという手嶋さん。

「ここは原稿を書くには理想的な環境です。しかし週末には函館で競馬があり、牧場のオーナー吉田勝己氏にゴルフに誘われたり … と、数限りない誘惑を絶ちがたいのが難点かな ( 笑)」

「最近気になるニュース・出来事」(DOMANI誌07年10月号掲載)

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