手嶋龍一

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「ああ、散財!-ロッキーの頂き」

超大国アメリカが、よそ者にも大判振る舞いをしていた頃の話である。国務省は、ニューイングランドの大学街で研究生活を送っていた我々を全米横断の豪勢な「スタディ・ツアー」に招いてくれた。世界十六ヶ国から選ばれた研究仲間には、スペインの大富豪までいたのだが、二週間の旅費に加えて小遣いまでくれるアメリカ流の気前よさだった。

それほど世話になりながら、僕は一行から離脱して砂漠の賭場リノへ単独行を企てた。カリフォルニアの州都サクラメントで知事と会見を終え、陸路をあれこれ探ってみたが、適当な交通手段がない。ラジオの天気予報は雨模様だと伝えている。レンタカーではこころもとない。結局、多少の出費を覚悟してタクシーを雇いあげることにした。次は人のいいドライバーを物色した。山中で身ぐるみ剥がれてはたまらない。ようやく髯面の青年を見つけて値段を掛けあってみた。

「途中のガソリン代をみてくれるなら特別に5百ドルでいい」

いざ、リノのカジノへ、ロッキー山脈へと分け入っていった。ふもとは時雨れていたのだが、峠道に差しかかるとみぞれに変わり、しばらくすると窓の外は雪景色になった。

「お客さん、忠告しておくが、無理はしないほうがいい。この雪じゃ峠は越せまいよ」

僕の無念そうな顔がバックミラーに映ったのだろう。タイヤに巻きつけるチェーンを装備すれば、雪の峠を突破できるかもしれないという。

「よし、途中の雑貨屋に寄ってチェーンを買おう。その費用はむろん持つ」

念のため除雪用のスコップや合羽も買い求めた。これで雪への備えは整ったが、出費は膨らんでいった。

大雪に阻まれて立ち往生する車をよそに快走するうち、ドライバーの後姿が活き活きとしてきた。聞けばウクライナからの亡命者だという。吹雪にはめっぽう自信があるらしい。どうせカジノでは大勝する、と自らに言い聞かせ、約束した代金を倍増することにした。

だがネヴァダの雪道は、生易しい代物ではないことが明らかになっていった。峠を目前にして吹雪はさらに猛々しく、ついに州の除雪救助隊に助けを求める騒ぎとなった。わがリノへの踏破は、アムンゼン探検隊を思わせる難行となった。救助隊の費用は全て呼んだものが支払う決まりなのである。その出費はロッキーの頂きを思わせるほどかさんでいった。

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