「非核保有国として日本は常任理事国を目指せ」
増える核保有国とゆらぐNPT体制
今年も暑い夏が巡ってきたが、核をめぐる世界の風景は変わらず、依然、光が射してこない。それは北朝鮮の核とイスラムの核をめぐる現況をみれば明らかだろう。六カ国協議での「二・一三合意」を受けて、瀋陽で協議が始まったが、先行きは楽観を許さない。
北朝鮮に核廃棄を迫るには二段階の大きな障害をのりこえなければならない。ヨンビョン(寧辺)の核施設の稼働を停止させる初期段階では、北朝鮮側はようやく一歩を踏み出した。だが、すべての核計画を申告させ、その廃棄に向けて、抜本的な無力化に踏み出させるには、第二の難関を乗り超えなければいけない。
今回の瀋陽協議で、核を本格的に廃棄させる第二段階については、十分な展望が開けずにいることが明らかになったといっていい。
北朝鮮をめぐる核廃棄の核心は、ウラン濃縮問題だろう。核兵器にはプルトニウム型つまりナガサキで投下されたものと高濃縮ウラン型つまりヒロシマで投下された二種類がある。北朝鮮は濃縮ウラン型核爆弾の開発について明確な形で申告しようとしていない。プルトニウム型についても、ヨンビョンの核施設からすでに数個以上の核爆弾を製造したと米国の情報機関は見ている。金正日政権はひとたび手にした核兵器を容易には手放すまい。二〇〇二年の米朝交渉で、北朝鮮側は核濃縮計画を認めたことがあったが、瀋陽協議ではそれを申告し、廃棄する姿勢を示していないからだ。
さらに核の運搬手段であるミサイルについても依然として不明な点が多い。かなりの重量がある核弾頭を搭載して標的を正確に撃つには、かなりの技術水準を必要とする。だが、北朝鮮が核の十分な運搬技術をもっていると、アメリカの情報当局も断定していない。
北のミサイルに関しては、懸念がもう一つある。かつてウクライナがトマホーク巡航ミサイルのコピーとして製造していた核弾頭を搭載できる「X55」というミサイルの行方だ。北朝鮮にこの巡航ミサイルが密かに流れている恐れがある。北朝鮮の手に渡っていれば、北朝鮮は精緻な核の運搬手段を持っているということになる。六カ国協議でこの問題の真相が明らかにされるべきだろう。
このように、六カ国協議では、解決しなければならない課題が無数に残っている。「二・一三合意」が動き始めたといっても、現段階は北朝鮮に核を放棄させるための長い道程の第一歩がようやく始まったにすぎない。
イランの核疑惑も深い霧に包まれたままだ。イランが核開発をあきらめたと考えている関係国はいないはずだ。イラン政府は、自分たちが持っているのは核兵器用の高濃縮ウランではなく、原子力発電用の低濃縮度ものだと説明している。IAEA(国際原子力機関)の査察が不十分な現状ではイラン側の国際社会向けの釈明を額面どおりに受けるのはナイーブにすぎよう。
現状を冷徹に分析すれば、北朝鮮、イランはともに潜在的な核保有国である可能性が濃く、イスラエルを含めて潜在的核保有国は東アジア地域に、中東地域にと広がりつつある。「NPT(核拡散防止条約)体制」は明らかに揺らいでいるといわなければならない。
曲がり角に立つ
アメリカの核政策
イスラムの核や北東アジアの核を許してしまったアメリカの核不拡散政策は大きな曲がり角に立っている。
冷戦期には、東西両陣営による核抑止体制がそれなりに機能し、NPT体制によって核の拡散を強力に抑制する力が働いていた。
それが、いまやアメリカがイラク戦争でつまずいたことで、中東ではイランの核開発に歯止めをかけられず、「イスラムの核」の脅威が現実のものとなりつつある。こうした現実はアラブ穏健派諸国をアメリカから遠ざけ、イラク戦争の先行きにも影を落としている。
アジアに眼を転じてみよう。インドとパキスタンはすでに核保有国であり、中級の核保有国だった中国は台湾海峡紛争を見すえて核ミサイルの増強を着々と続けている。北朝鮮の核問題の深刻さはすでに指摘した通りであり、アメリカの衰えで、その危機はむしろ日々、深まっているといっていい。
こうした現状は、NPT体制によって新たな核の拡散を力で抑え込んできた超大国アメリカの威信が、政治的にも軍事的にも長期的に衰退の趨勢にあることを物語っている。
そのもっとも懸念すべき徴候が北朝鮮の核をめぐるアメリカの姿勢の変化だろう。アメリカ政府は、北朝鮮がいま程度の核を持つことを事実上黙認しつつあるように見える。そんなアメリカ政府も、北朝鮮の核や核関連技術が国際テロ組織や「ならず者国家」の手に渡ることは絶対に容認しないとしている。中東に流れた核は、やがてアメリカを襲う刃となり得るからだ。北の核保有は黙認するが、核拡散は決して容認しない――。こうしたアメリカの対北二重戦略に金正日政権は気づいており、巧みに対応している節がうかがえる。
だが、こうしたアメリカの姿勢は明らかに日本の国益にそぐわない。北朝鮮のミサイルは、「X55」を除けば、アメリカ本土を十二分に射程に入れられるものはない。アメリカは北朝鮮の核の脅威をそれほど身近に感じていないのかもしれない。しかし、日本にとっては直接の脅威以外の何物でもない。したがって、日本は同盟国としてアメリカに対し、北朝鮮の核関連物質や核技術の拡散を阻止するだけでなく、完全なかたちで核廃棄をさせるよう、強く働きかけていくべきなのである。
北朝鮮に対するアメリカの宥和的な態度は、きわめて危険な要素をはらんでいる。拉致問題に対する日米の対応のちがいだけでなく、核問題をめぐる日米の連携にも乖離があることが国際社会に知れれば、日米同盟は一層空洞化の危機にさらされよう。
北朝鮮問題の核をめぐっては、日本が拉致問題に固執するあまり六カ国協議のなかで孤立しつつあるとメディアは指摘している。しかし、アメリカ政府がこうした危うい二重戦略に迷い込もうとしている現状では、かかる言説に惑わされてはならない。拉致は重大な人権問題であり、日本の主権国家としてのありようにかかわる原則問題だ。拉致問題を少々脇に置いてでも核問題の解決を、という情勢判断そのものに誤りがある。
日本はやはり核の問題とともに拉致の問題を交渉の譲れない主題とする姿勢を貫き、主張すべきは断固として主張すべきだろう。日本が原則を曲げないことは、アメリカの力の衰え、交渉力のかげりを補って、北朝鮮を核の廃棄に追い込んでいくための王道なのである。
非核保有国として
常任理事国入りを
アメリカがイラク戦争で敗北に近い失策を犯すなかで、NPT体制は揺らぎ、核拡散を食い止める新たな方策が必要となっている。
日本は唯一の被爆国であり、同時に非核保有国としてG8(主要八カ国首脳会議)の一角を占めている。日本は核の広がりを防ぐリーダーシップをとるためにも国連安保理常任理事国となって非核保有国を代表するべきだろう
NPT体制の根本的矛盾は、第二次大戦における五大戦勝国<米ソ(露)英仏中>がすべて安保理常任理事国であり、核保有国であることだ。核を持つ国家が持たない国家をコントロールする道義的矛盾はおおい隠せまい。
非核保有国である日本が常任理事国になることで「核」が支配する戦後体制にピリオドを打ち、核の支配によらない新たな国際秩序の創造に世界を導いていく――。そこにこそ日本の使命はある。
世界の大多数を占める非核保有国を代表して、その声を国際社会に反映させる――。それこそが新たな日本外交の柱にならなければならない。安倍首相が唱える「戦後体制の脱却」は、過去にではなく、未来にこそ向けられるべきなのだ。真の戦後体制の脱却とは、この点にこそ在る。
二〇〇五年の春、日本は常任理事国入りの大きなチャンスがあった。しかし、日本はアメリカのイラク戦争を真っ先に支持したにもかかわらず、日本の常任理事国入りを事実上葬り去ったのはアメリカであった。
従来は中国が立ちはだかって日本の常任理事国入りを阻止したと説明されてきたが、事実の一部分にしかすぎない。国連改革とりわけその心臓部にあたる安保理の改革は、国連の発足の経緯からいっても、拠出金の額からいっても、アメリカが積極的に乗り出さなければ実現しない。だが、アメリカは最後まで自らの改革案を示さず、日本の常任理事国入りを事実上阻んだのだった。戦後の支配体制を崩したくなかったのだろう。
一方、日本も戦術的誤りを犯している。日本が共同提案した「G4案」(ブラジル、インド、ドイツ、日本を常任理事国に加える案)は、「入りたい」国々の連携にすぎない。入りたい国がいくら手をつないでも現状は容易には打破できまい。
したがって日本としては、アメリカのイラク戦争を支持した事実を突きつけて、その見返りを得る権利を行使すべきだった。国連改革を嫌がるアメリカを説き伏せて、日本の常任理事国入りを認めさせるため、「アメリカ案」を提案させるべきだった。そうできなかった日本の外交は敗北したのである。
日米同盟に亀裂を
生む日本の核武装論
日本は何故安保理常任理事国を目指すべきなのだろう。東アジアの安全保障を考えれば、台湾海峡問題が緊張の度を高め、アメリカが軍事介入の構えを見せれば、一九九六年の台湾海峡危機のときのように米中の直接対決の危険が現実のものになろう。そのとき日本は、アメリカと歩みを共にすれば、中国との間で抜き差しならない軋轢を生じよう。一方で日本が動かなければ日米同盟に大きな亀裂を生むことになる。
そういう決定的危機を迎えてしまえば、日本は進むも地獄、退くも地獄だ。日本の国論もアメリカと行動を共にすべきか否かをめぐって真っ二つに別れるだろう。日本としては、そうした事態はなんとしても回避しなければならない。
そのためには、大きな軍事力を持っているわけではない日本にとって、この時こそ国連安保理のポストは紛争の交渉による解決のため、かけがえのないものになろう。そうした事態に備えて、日本は拒否権を発動できる国連安保理常任理事国という「一級市民」の立場を得ておくことが重要だ。
それに関連して日本の核武装論について述べておきたい。
日本は核を持つべきではないと考える。歴代のアメリカ政府の一貫した戦略は、ヨーロッパにおいてはドイツを、アジアにおいては日本を、ともに軍事大国にしないということにあった。
昨年十月の北朝鮮の核実験の直後、ライス国務長官が来日し、「アメリカの核抑止力は万全である」と繰り返し強調した。「アメリカは、日本が独自に核を持つ必要はない」というメッセージを案に伝えていたのである。 日本が中国や北朝鮮の核に対抗して核を持ってしまえば、半世紀にわたって安全保障を分かち合ってきたアメリカとの間に重大な亀裂を生む恐れがある。
日本は核を持つべきではない。日本は世界の大半を占める非核保有国を代表し、国連安保理常任理事国になることによって、核を持たない国々のリーダーたるべきだろう。そこにこそ自らの道義的な高みを見いだしていくべきだと思う。