手嶋龍一

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「情報選別・評価能力がカギ」

三者三論 「機能するか、日本版国家安保会議」

安倍式NSCなど、アメリカのコピーに過ぎない ― 。こう頭ごなしに決めつけるべきではない。安倍内閣に真の意味で指導力が備わっていれば、日本独自の官邸機能が生まれるかも知れないからだ。だが、官邸に各省から人を集めて機構を作るだけでは、官邸の機能は少しも強くならない。既得権益を手放すまいとする各省庁の抵抗を随所で破り、旧来の「省壁」や「省益」を突き破れるか。安倍首相は「いばらの道」を進もうとしている、と言っていい。

NSCが扱う情報(インテリジェンス)とは、首相が日本の進路を決める決断に資するものでなければならない。そのためには、政府や民間に堆積(たいせき)している情報をえり分けて、評価し、首相に報告する機能を備えていなければならない。

日本にも形だけの機構はある。「内閣情報会議」がそれだ。関係省庁の局長クラスが顔をそろえているが、情報評価のシステムもなく、会合の記録すら残していない。これでは、機密度の高い情報を、競いあう各情報組織が分けあえるはずがない。

老情報大国、イギリスは、今年8月に大規模な航空機テロを未遂の段階で摘発した。英国情報機関の底力を久々に見た思いがした。今度の摘発では、英内閣の「合同情報委員会」が大きな役割を果たした。日本とは違い、各省から選抜された「評価スタッフ」が、すべての情報にアクセスを許され、おびただしい情報の海から真贋(しんがん)をえり分けていった。そして、テロの全体像を描きだした。その分析・評価の報告を政治指導部に委ねて、最後の決断を待ったのだった。

ただ、評価スタッフといえども官僚だ。政治指導部が何を求めているか、その意に沿った報告をとりまとめがちとなる。米国では、その果てに「フセインが大量破壊兵器を開発・保有している」という情報が独り歩きを始めて、危機の様相を深め、国家の針路を誤ってしまった。

米国が中東でつまずいた結果、中東周辺地域に大きな影響が出ていると言われる。だが私は、日本を含む東アジアにこそ負の影響が際立っているとみている。米国のあまりに長き不在は、東アジアの安全保障環境を塗り替えつつある。米国が東アジアでその外交・安全保障上のプレゼンスを低下させてしまえば、日米同盟の「空洞化」は避けられまい。戦後半世紀にわたって日本はその安全保障を超大国に委ねてきたが、いまや日本は主体的に同盟の再建に動かざるをえない。

安倍版のNSCにとって、テロ防止のような警察活動は、その役割の小さな部分にすぎない。真の役割は、もっと雄大なものであるべきだ。

米国の有力紙「ワシントン・ポスト」は、新内閣の発足を機に、靖国神社の「遊就館」に象徴されるような価値観にスポットライトをあてて見せた。日米の首脳が、両国の同盟に言及するときには、決まって「価値観を同じくする盟約」と表現してきた。同紙は、新内閣は本当に米国と価値観を同じくしているのだろうかと問いかけている。安倍新内閣は、こうした声にどう答えるのだろう。

日本版NSCは、首相を補佐して、対米情報を集め、事実を確認し、官邸の見解を国際社会に問うべきだ。その際には、対テロ戦争を機に生まれた「強制収容基地」の存在は、果たして同じ自由な価値観のもとにあるといえるのかと、逆に米国にも問いかけるべきだ。

(聞き手・松浦新)
朝日新聞 2006年10月6日掲載

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