手嶋龍一

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石原都知事・手嶋氏・佐々氏が語る9.11以降の世界
シンポジウム 21世紀におけるグローバルな安全保障

「テロリズムと危機管理 ~ 9.11以降の世界」より

9.11を目撃したのは米国人ばかりではなかった。当時、東京都知事の石原慎太郎氏、NHKワシントン支局長の手嶋龍一氏、そして元内閣安全保障室長の佐々淳行氏の3人が、期せずして米国防総省(ペンタゴン)に対する自爆テロを目撃した。
その3人が「テロリズムと危機管理~9.11以降の世界」と題して日本の危機管理の危うさと課題を語り合った。
この鼎談には12人のオブザーバーも壇上でコメントを述べた。12人は、いずれも今年11月に、首都大学東京のオープンユニバーシティ(社会人向けの生涯学習講座)に開設される総合危機管理講座の講師陣(18人)のメンバーである。

9.11を目撃した3人の日本人

9.11のまさにその日、米国のワシントンを石原慎太郎氏と佐々淳行氏は偶然にも訪れていた。手嶋龍一氏はNHKワシントン支局長として赴任しており、9.11発生から11日間にわたって24時間連続の中継放送を精力的にこなした。緊急時においても冷静に取材・報道する手嶋氏の姿を記憶している人も多いだろう。

石原氏は当時の思い出をこう語る。

石原 慎太郎氏 「その日、寝ていると秘書が起こしにやってきて、ワールドトレードセンターに飛行機がぶつかったというんです。驚いて目を覚まし、カーテンを引くと、なんとペンタゴンが炎上している様が目に飛び込んできた。

アメリカの国防の中枢が攻撃されるという緊急事態において、その直後からFEMA(連邦危機管理局)がよく機能しているのには感心しましたね」

FEMA(Federal Emergency Management Agency:連邦危機管理局)とは、1979年に設立された米国の機関で本部はワシントンD.C.にある。全米10カ所に地域事務所を配置し、総職員数は約2500人。FEMAの活動は自然災害時のみならず、核戦争といった国家安全保障にかかわる事態など、広範囲におよぶ緊急事態において支援・救援活動を行う。

石原氏はこのFEMAの活躍ぶりに触発され、帰国後、日本版FEMAの創設を政府に呼びかけるが、反応は鈍かった。そこで、まずは首都圏を中心に周囲の県などに呼びかけ、「首都圏FEMA」を組織した。

これは東京、神奈川、埼玉、千葉、川崎、横浜など8都県市が協定を結び、地震など非常事態が起きたときに自治体同士が助け合う仕組みだ。協定を結んだ地域には8万人の警察官と1万5000人の消防官、1万5000人の自衛官がおり、例えば東京直下型地震が起きたら、都知事の要請により、8都県市が一体化して対応することができることになった。

安全保障の在り方を変えた事件

NHKワシントン支局長だった手嶋氏は9.11をこう振り返る。

手嶋 龍一氏 「ちょうどあの日、わたしは朝、早めに職場へ向かっており、車の中で1機目の衝突のニュースを聞きました。まもなく、これは事故ではない。国際的なテロルだと分かりました。当時、フロリダにいたブッシュ大統領は、即座に緊急声明を出し『テロリズムがアメリカを襲った』と断じたのです。

NHKワシントン支局からは、ポトマック川を挟んで、国防の中枢、ペンタゴンが位置しているのですが、そのペンタゴンもテロの攻撃を同時に受けていたことが分かりました。

これがどれほど大きな事件だったのか。そのさなかでは本質がよく見えなかったのですが、その後、時間が経つにつれて事の重大さが分かっていきました。4機のハイジャック機が、アメリカという名の巨大タンカーに激突して、その進路を変えてしまったのです。それは、日本の安全保障やセキュリティーの在り方も根本的に変えることになりました」

手嶋氏は9.11が世界にどのような変化をもたらしたかについて、今年8月10日に英国で摘発された大規模な航空機テロを例として挙げた。

「奇跡的な、といえる出来事でした。未然に摘発したことで何千人もの命が救われたのですから。しかし、そのために、当局は、盗聴をあえてやり、ダブルエージェント(二重スパイ)を送り込むなどの諜報活動に手を染めています。これは、わたしたちへの重要な教訓です。つまり、テロの防止・摘発のためには、いかなる手段もいとわないのか、それとも、あくまで人権を重んじ、その手前で踏みとどまるのか。今、我々は、その選択を迫られているのです」

これに対してオブザーバーである前内閣危機管理監の杉田和博氏はこう述べた。

「テロ対策はテロリストを入国させない、拠点を作らせない、テロを実行させないことが基本です。実は9.11以来、日本はいまだに厳戒態勢を敷き続けているのですが、わたしは入出国の水際対策の脆弱さに不安を持っています。

入国管理官の人数が少ないことと、いったん入国した人を管理する発想がない。国内に入った外国人を監視する仕組みがないのは問題でしょう。また、戦うべきテロの定義づけすら存在しない。テロは従来の犯罪とは違うのだという認識が大切です。

テロを防ぐにはテロリストの動きを封じなければなりません。そのためには情報収集活動が必須ですが、いまだに海外に頼っているのが現状です。早く法律的整備を進めなければなりません」

インテリジェンスを統合・評価する機関を

杉田氏の意見に佐々氏も同感だ。

佐々 淳行氏 「わたしも治安活動に従事したが、情報なき戦いほど現場にとって辛いことはありません。中央情報局を内閣直属で持つ必要がある。しかも、盗聴やおとり捜査などの手段を許可してもらわないとテロリストとまともに戦うことはできません」

だが、一方で盗聴やおとり捜査を無制限に許せば、公安活動が市民生活の中にも入り込み、プライバシーや人権侵害の恐れがある。ジャーナリズムに対しても報道規制や検閲といった圧力がおよぶ危険性もある。こうした問題に対して手嶋氏は「ぎりぎりの選択の場面に直面している」と言う。

「安倍晋三さんは日本版CIAを提唱して、テロリストを水際で食い止め、仮に入り込んだら監視する仕組みが必要だと主張しています。英国が今回、大規模テロを防ぐことができたのは、統合情報委員会(JIC)という内閣直属の組織が、複数の情報機関からインテリジェンスを吸い上げて、評価し最高首脳に報告する機能がうまく働いたからです。

ところが、日本では情報組織同士の連携がほとんどない。それぞれがタコツボ型です。情報を総合的に統合、評価する機関がないのが実情です。日本版CIAを創設するにしても、その点に注意する必要があります。

もう一つ、あまり知られていないことですが、英国では安全保障にかかわる報道については、ごくわずか、報道規制を敷く権限が当局に与えられています。わずかな部分でも『規制がある』というのと、原則『ない』というのでは、決定的に違います。わたし自身はジャーナリストですから、自由な報道のために、こうした規制はない方がいいと考えます。しかし、イギリス当局によるテロの摘発や防止には、こうしたシステムがときに威力を発揮しているのもまた冷厳な事実なのです」

当局の権限という意味では、9.11の発生後、さらなる被害を防ぐために、連邦航空局が飛行中の航空機を強制的に着陸させ、命令に従わない航空機は迎撃するという強硬手段をとった。日本で航空機テロが起きたときに同じ措置が取れるのか、オブザーバーで元運輸省官房長の棚橋泰氏はこう語った。

「現在はATM(エア・トラフィック・マネジメント)センターが出来て、日本領空の航空機を一元管理できるようになりました。ですから、小型機を除いて一斉に強制着陸させることはやろうと思えばできる体制になっております。問題はその決断ができるかどうかです。アメリカでは着陸しない航空機を攻撃すると宣言しましたが、日本でそれができるのか疑問です」

意思決定が遅い日本政府

佐々氏は結局、緊急時の対応は「国家の意思決定の構造問題に行き着く」と結論づけた。緊急時のおける日本政府の意思決定の遅さ、情報収集能力の欠如は阪神・淡路大震災での対応で明らかになった。手嶋氏は大震災発生の時、ペンタゴンのオペレーションルームにいて、日本政府の対応のまずさに歯がみする思いだったと語る。

「当時、ちょうどペンタゴンのオペレーションルームでクラーク中将と話をしていました。その最中に阪神地区で大規模な地震があったと報告が上がってきたのです。クラーク中将は即座に各方面へ連絡し、日本から米軍の出動要請があれば、すぐに対応するようにと指示を出しました。

ところが、日本政府はついに決定的な形では出動を要請をしませんでした。自衛隊は結果的に出動が遅れ、死者が増えることになりました。こうした非常時こそ、在日米軍を利用するべきなのです。万全の体制で臨んでいたのを目の前で見ていただけに、本当に残念でした」

これに対して石原氏は「自衛隊だってスタンバイしていたんだ」と語った。

「自衛隊はすぐに出動できたのに、政府の命令が出なかった。自衛隊は待ちきれずに命令の前に出動したんですよ。出動の遅れで、死なずに済んだ人まで亡くなってしまった」

佐々氏は政府の意思決定の遅さは安全保障上、大きな問題だと述べた。

「7月5日に、北朝鮮はノドン、テポドン、スカッドを7発発射した。もし、日本が狙われたら、たった7分間でノドンが着弾するんです」

この問題について、オブザーバーである拓殖大学客員教授の江畑謙介氏は「北朝鮮のミサイルがちゃんと飛ぶことが分かって驚いた」と語った。

「おそらく北朝鮮はパキスタンとイランで発射実験を実施していたはずです。日本の安全保障からいうと、容易ならざる事態になったといえますね。同時に多数のミサイルを発射されたら、完全に防ぐことは不可能です。

発射から着弾まで時間がないので警報を出すことも無理。結局、落ちた後にどう対応するかが問題でしょう。核・生物・化学兵器が搭載されているのかどうかを判断して、的確に対応し、正確な情報を国民に伝える必要があります。ウワサで群衆が動くのが一番危ない」

石原氏は北朝鮮に対して日本は毅然とした態度で臨むべきだという。

「北朝鮮が『経済制裁をしてみろ。日本を火の海にしてやる』というと、日本人はすくんでしまう。どうも日本人は言葉や観念に弱いんだね。どうして『やるならやってみろ』と言えないのか」

東京直下型地震に対する“心の耐震化”

最後に話題は首都圏大地震に移った。東京直下型地震の危険性が高まっている点についてオブザーバーで地震問題に詳しい元NHK解説委員の伊藤和明氏はこう語った。

「関東大震災以来、東京では直接、死者の出るような大地震は起こっていません。80年間というもの、平和な時代にわたしたちは暮らしてきたわけですが、この間、都市は過密になり、超高層ビルが林立し、埋め立て地が増えて、そこにも建物が建つようになった。

つまり、それまで人が住まなかったような場所にも住むようになったのです。80年間、危険を蓄積してきたともいえます。政府の試算では、東京北部にマグニチュード7.3の地震が発生した場合、最悪で全壊は85万棟、死者は1万1000人といわれています。建物や町の耐震化と同時に、人々の防災意識を高める“心の耐震化”も必要でしょう」

元日本透析医学会理事長・災害時医療連絡協議会副会長の内藤秀宗氏はこうした大規模災害時の医療現場で的確なトリアージを行うために「トリアージ・ドクターの養成が急務」と語る。トリアージとは多数の傷病者が発生したとき、治療・救命の優先順位を付けることだ。

「病院から一歩外へ出ると、医師は身分保証がないんです。そのためにもトリアージ・ドクターの養成を含めて、体制を早急に構築しないといけません」

佐々氏は内藤氏の言葉をこう補足した。

「緊急時のトリアージでは誤診が起きる場合もある。そのたびに医療訴訟を起こされるようになると、医師は対応できないのです。免責や国の補償などがないと、トリアージ・ドクターは育ちません」

わたしたちを取り巻くテロと災害の危険は日増しに高まっている。当事者としてのわたしたちの意識と、危機管理体制を早急に構築しなければ後悔することになる。悲劇が起きてからでは遅いのだ。

石原 慎太郎氏/東京都知事
手嶋 龍一氏/外交ジャーナリスト・作家
佐々 淳行氏/元内閣安全保障室長、総合危機管理講座創設委員会代表

文/吉村 克己、写真/厚川千恵子
2006年10月2日

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